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EUはUEFAをモデルにした? サッカーから考える欧州統合と平和【サッカー本新刊レビュー:老いの一読(5)】

シリーズ:サッカー本新刊レビュー text by 佐山一郎 photo by Getty Images

サッカー本新刊レビュー

9回目となる小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(実用書、漫画をのぞく)を対象に受賞作品を選定。この新刊レビュー・コーナーでは、2021年以降に発売された候補作にふさわしいサッカー本を随時紹介して行きます。




サッカーから考える欧州統合と平和

『スポーツを法的に考えるⅡ──ヨーロッパ・サッカーとEU法』

(信山社)

著者:井上典之
定価:990円(本体900円+税)
頁数:220頁

 世紀を跨ぐかたちで、またしても欧州が激しく揺れています。第二次大戦後の日本には〈敗戦資産〉のようなものがあったわけですが、とりわけ小国分立の東欧においては、そんな幸運など見当たりません。戦禍のウクライナからして2014年の騒乱からずっと戦争状態だったわけですしね。

 窮地のゼレンスキー大統領が、潜在的加盟候補国などではなく、EU(加盟27カ国による欧州連合)に入れてくれと悲痛な訴えをしたこともあって、今や、この新書にもう一つの価値が宿り始めました。

 統合された新興超大国の一面を持ちながらもEUは、ポピュリズム(反リベラル)による英国の離脱などもあって混乱続きのように見えます。他方、サイコパス皇帝プーチンの側にはユーラシア経済連合というものがあり、そちらはと言えば、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギスにオブザーバーとしてのモルドバ。タジキスタンはいまだ候補国です。

 ソ連崩壊後に誕生したCIS(独立国家共同体)は、ウクライナがクリミア危機を契機に2014年に脱退し今では9加盟、1準加盟国。ウクライナは14年に脱退したジョージアとともにNATO(北大西洋条約機構)入りを望んでプーチンの被害妄想が極点に達してしまいました。米国との間に東方不拡大の約束があったという説はロシア側のプロパガンダです。

 法学者である著者はEUを一つの〈規範複合体〉としての存在にすぎないと記します。未来の統治形態の試みである〈最高の虚構〉とまで言い切ります。確かにEU自体が軍事力を持つわけではありません。しかしEUなるものの中身のわかりにくさは著者自身も認めるところで、そこから先、第3章以降が本書の読みどころとなります。一般教養的知識としての「EU」って何よ──が欧州サッカーを媒介に理解できればそれに越したことはありません。逆にEU法の角度からサッカーを考えることも出来うるというあたりがこの本ならではのありがた味です。

 驚かされるのは、欧州統合を目指すEUがUEFA(欧州サッカー連盟・1954年設立)をモデルにしたという第3章「欧州統合への道のりとスポーツ」の論述です。2012年にEUがノーベル平和賞を受賞した際に評価された新たな公共的理念の素のところにサッカーというスポーツがあるといった視点です。

 そのUEFAは、いまや加盟協会数がEUの倍近い53。選手の取り扱いという点で著者は「人間の尊厳原理」(基本権保障)が未解決としながらも、2014年からのFFP(ファイナンシャル・フェアプレー)導入に関しては高い評価を下しています。

 そうしたEU本来のリベラル・デモクラシーを時代遅れとして基本のルール破りをし始めたのがヴィシェグラード4(=V4:ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア)の政権です。私たちは、EUがUEFAほどに機能せず動揺する中での今回のウクライナ侵略であったことを知ることになります。

 それでも著者はEUの回復力を信じて〈大陸ヨーロッパの平和と繁栄のために「多様性における統一」に賭けてみることが重要〉と述べて本書を締めくくります。「こよなく阪神タイガースを愛し、オペラも語れる憲法学者」を自称する井上教授のサッカーへの初チャレンジは、決して起きてほしくなかった東欧の大惨事によってより一層価値あるものになったようです。

(文:佐山一郎)

佐山一郎(さやま・いちろう)
東京生まれ。作家/評論家/編集者。サッカー本大賞選考委員。アンディ・ウォーホルの『インタビュー』誌と独占契約を結んでいた『スタジオ・ボイス』編集長を経て84年、独立。主著書に『デザインと人-25interviews-』(マーブルトロン)、『VANから遠く離れて 評伝石津謙介』(岩波書店)、『夢想するサッカー狂の書斎』(小社刊)。スポーツ関連の電書に『闘技場の人』(NextPublishing)。

【了】

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