苦難乗り越えた守護神・中村航輔。太陽王が生んだ“最高傑作”の覚醒なくして福岡の昇格なし

2015年12月6日、アビスパ福岡は5年ぶりのJ1昇格を成し遂げた。全チーム中唯一の開幕3連敗と最悪のスタートを切り、前半戦終了時点ではプレーオフ進出すら危ぶまれた。そんな状況から後半戦に見せた驚異の追い上げを支え、チームを救ったのは若き守護神だった。

2015年12月07日(Mon)15時01分配信

text by 舩木渉 photo Getty Images
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中村を襲った悲劇。リハビリに費やした失意の2年間

苦難乗り越えた守護神・中村航輔。太陽王が生んだ“最高傑作”の覚醒なくして福岡の昇格なし
プロ3年目の中村航輔にとって勝負の年だった【写真:Getty Images】

 2015年。プロ3年目の中村航輔にとって勝負の年だった。柏のアカデミーから巣立ち、ユースの最高傑作とまで評された才能豊かなGKが初めて移籍を経験する。

 これまでの2年間、能力を高く評価されながら菅野孝憲や桐畑和繁の後塵を拝し、試合に絡めなかったのには理由があった。それは怪我だった。ユース最終学年の2012年に負った2度にわたる右腕の骨折によって約1年の離脱を強いられる。復帰したのはトップチーム昇格後の2013年秋、そこに自分のポジションはなかった。

 さらに悲劇が襲う。同年12月、U-18日本代表候補に選出された中村は自主練習中に右ひざ外側半月板損傷という大きな怪我を負ってしまい、長期離脱を余儀なくされた。復帰は翌年までずれこみ、3度の負傷から公式戦へ復帰するまで実に22ヶ月もの月日が経過していた。

 故にこれまで柏でリーグ戦やカップ戦に出場した経験はなく、J3のU-22選抜で3試合ピッチに立ったのみ。それでも不屈の精神で努力を続ける中村の姿を見ていた井原正巳コーチ(当時)は、自分が福岡の監督を務めるにあたり、若き守護神を柏から連れ出した。

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