ジーコJのブラジル式4-4-2。“進歩しない”代表。フラットラインの破棄と1人余る守備【西部の4-4-2戦術アナライズ】

アトレティコの躍進を受けて、復活の感がある4-4-2システム。Jリーグで頻繁に採用される一方で、意外にも日本代表ではそれほど使われてこなかった。だがジーコ監督が率いた日本代表は、3-5-2との併用でありながらも、ボックス型の4-4-2をベースとしていた。ドイツW杯から10年を経た今、当時の戦い方を振り返る。(文・西部謙司)

2016年08月31日(Wed)10時19分配信

シリーズ:西部の4-4-2戦術アナライズ
text by 西部謙司 photo Getty Images
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トルシエと正反対の方針を採ったジーコ

2002年ワールドカップ後、日本代表にジーコ監督が就任した
2002年ワールドカップ後、日本代表監督にジーコが就任した【写真:Getty Images】

 2002年ワールドカップ後、フィリップ・トルシエ監督の後任としてジーコ監督が就任した。いわずと知れた世界のスーパースターである。

 ファルカン、オシム、ハリルホジッチも選手としての名声はあったが、ジーコとは比べられない。ただ、監督としての手腕は未知数だった。鹿島アントラーズで短期間指揮を執った経験はあったが、監督としてのキャリアはないも同然。とはいえ、日本代表に経験豊富で世界的に実績のある監督が就任したことはそれ以前にもない。

 オフトはフロントやコーチの経験は豊富だったが監督だったことはなく、ファルカンはブラジル代表を率いたが短期間にすぎない。加茂、岡田には国際的な経験がなく、トルシエの実績はアフリカ限定だった。監督経験の有無は、協会にとってさほど大きな問題ではなかったのかもしれない。

 ジーコ監督は前任のトルシエ監督とは正反対の方針を採った。チーム作りに関して、トルシエがトップダウン方式とするとジーコはボトムアップである。世界標準を目指して選手を鍛えるのではなく、選手の能力を信頼して個々の力を最大限発揮させようとした。今、そこにいる選手の力を引き出すことがジーコ監督の基本方針だった。

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