1998年Jリーグ。W杯3戦全敗も世界に立つ。一方で横浜Fが消滅…希望と失望が混在した1年に【Jリーグ平成全史(6)】

1993年に開幕したJリーグは今季で27年目を迎えている。平成とともに歩み成長し、そして時代は間もなく令和へと移行する。フットボールチャンネル編集部では、昨季までの26年間を1年ずつ振り返っていく。今回は1998年(平成10年)。

2019年04月27日(Sat)7時00分配信

シリーズ:Jリーグ平成全史
text by 編集部 photo Getty Images
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1998年(平成10年)

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フランスワールドカップに出場した日本代表【写真:Getty Images】

 コンサドーレ札幌が新たに加わり、Jリーグは18クラブで争われることとなった。

●参加クラブ
コンサドーレ札幌
鹿島アントラーズ
浦和レッドダイヤモンズ
ジェフユナイテッド市原
柏レイソル
ヴェルディ川崎
横浜マリノス
横浜フリューゲルス
ベルマーレ平塚
清水エスパルス
ジュビロ磐田
名古屋グランパスエイト
京都パープルサンガ
ガンバ大阪
セレッソ大阪
ヴィッセル神戸
サンフレッチェ広島
アビスパ福岡

 2年ぶりに参加クラブが偶数に戻った。試合開催方式に変更点はなかったが、翌1999年からJリーグ ディビジョン2を創設することが決まり、シーズン終了後に参入決定戦が行われた。

 この年の日本サッカー界最大の出来事と言えば、フランスワールドカップである。当時は登録メンバーが22人で、直前合宿に参加したのが25人だった。6月2日、岡田武史監督が記者会見を行い、市川大祐、三浦知良、北澤豪の3人の落選を発表。とりわけカズの落選は日本中に衝撃を与え、大きな議論を巻き起こした。

 カズと北澤はチームに帯同せず帰国。その際の会見でカズが述べた「日本代表としての誇り、魂みたいなものは向こうに置いてきた」という言葉は、多くの人の心を揺さぶった。

 迎えた本大会。日本は初戦で優勝候補のアルゼンチンと対戦。3バックを中心に粘り強く守り、攻撃では中田英寿を中心に活路を探る。アルゼンチンが決勝トーナメントにピークを持ってくるチームだったとはいえ、よく戦えていた。しかし前半28分、自陣でのパスを奪われるとオルテガのドリブルを経由し、縦パスを出される。名波浩が反応したが、ボールはガブリエル・バティストゥータの下へ。日本では破壊力抜群のシュートばかりが注目されていた相手エースだが、この場面では冷静なチップキックでネットを揺らされた。

 第2戦はズボニミール・ボバンなどタレントが揃うクロアチアと対戦。猛暑の中、前半34分にビッグチャンスを作る。中田のロングスルーパスに走り込んだ中山雅史がトラップからシュートを放つ。流れるようなフィニッシュだったが、GKに阻まれた。77分にはロストからカウンターを浴びると、最後はクロスをダボール・シュケルに決められ日本は2連敗を喫した。

 1勝して終わりたい日本だったが、第3戦のジャマイカ戦は2点をリードされる展開に。それでも74分、相馬直樹のアーリークロスを呂比須ワグナーが頭で落とすと、中山が押し込んだ。これが日本サッカーのワールドカップにおける初得点となった。

 日本が挑んだ初めてのワールドカップは3戦全敗に終わった。いずれも1点差ゲームだったが、世界との距離はまだまだ遠いことを痛感することとなった。

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