15年ぶりのリーグ制覇、シャーレの重み
心のなかで違和感を覚えながら、横浜F・マリノスのキャプテン、MF喜田拓也は歓喜の雄叫びをあげた。歴代のJ1リーグ覇者へ、その時々のチェアマンから贈られてきたシャーレ。笑顔で頭上に掲げられた直径約55cmの優勝銀皿は、約6kgと伝えられていた重量よりもはるかに手応えがあった。
「これまでにマリノスへ関わってきた人たちの思いのようなものもあって、余計に重みを感じました。チームメイトやスタッフ、ファン・サポーターも含めた、マリノスファミリーの思いが詰まったシャーレを最初に、チームを代表して掲げさせてもらって本当に感無量です」
Jリーグの歴史上で最多となる、6万3854人の大観衆がホームの日産スタジアムを埋めた7日の明治安田生命J1リーグ最終節。サッカーの神様が用意したような、2位のFC東京との直接対決はマリノスが3点をリードしたまま、6分が表示された後半アディショナルタイムが終わろうとしていた。
両者の勝ち点差は3ポイント。得失点差ではマリノスが大きく引き離している。勝利や引き分けはもちろんのこと、負けたとしても3点差までならば15年ぶりとなるリーグ優勝が決まる。しかし、前半だけで2点を奪ったマリノスの選手たちからは気負いも、ましてや緊張感の類も伝わってこない。
攻めて、攻めて、攻め抜く。チームを率いて2シーズン目になる、オーストラリア国籍をもつアンジェ・ポステコグルー監督が掲げるスタイルを、守護神・朴一圭がまさかの一発退場処分を受けて10人の戦いを強いられた後半になっても、全員が必死に具現化させようとしている。
77分には韓国・釜山で開催されている、EAFF E-1サッカー選手権2019に臨む森保ジャパンに初めて招集された東京オリンピック世代の22歳、FW遠藤渓太がカウンターで飛び出す。自分で決める、とばかりにそのままドリブルでペナルティーエリア内へ侵入し、ダメ押しの3点目を叩き込んだ。
「小学生のときからこのエンブレムをつけてきた」
ボランチとして攻守両面のバランスを司りながら、喜田は込みあげてくるものを抑えるのに必死だった。信じ抜いてきたスタイルを、全国のサッカーファンが注目している一世一代の晴れ舞台で存分に発揮しているチームメイトの姿を誇りに思った。自分がその一員であることが、とにかく嬉しかった。
「みんなの頑張りとか、これまでかけてきた時間や姿勢といったものが報われたことが、自分が感傷に浸るうんぬんよりも一番嬉しくて。喜んでいるみんなの顔を見るとなおさら感じるものもあったし、もうヤバかったですね。わいてくるものがあった、という感じですね」
ちょっぴり照れながら、夢にまで見た瞬間の訪れを告げる木村博之主審のホイッスルが、横浜の空に鳴り響いた瞬間の心境を打ち明ける。誰よりも先に目頭を押さえたのも喜田ならば、ヒーローインタビューの冒頭で言葉を途切れさせ、大観衆の前で男泣きしたのも喜田だった。涙の意味をこう語る。
「小学生のときからこのエンブレムをつけてきて、クラブのいろいろな姿を見てきました。15年ぶりのリーグ優勝ということで、クラブとしては非常に長かったですし、そこへキャプテンとして携われたことにはもちろん思うところはあります。でも、いい結果を出そうと、今年1年を通して全員が頑張ってきたことへの感謝の気持ちの方が、個人的な感情よりもはるかに大きかった、というところですね」
2人の兄の背中を追うように、幼稚園に通い始めたころからボールを蹴り始めた。小学校3年生でマリノスの選抜クラス、プライマリーに合格。キャプテンを担った6年生のときには全日本U-12サッカー選手権大会を制し、ジュニアユース、ユースを歩みながらマリノスの歴史を間近で見てきた。
キャプテンマークは「誰もがつけられるものではない」
岡田武史監督のもとで2003、2004シーズンを連覇したときのキャプテン、松田直樹さんと奥大介さんが天国へ旅立って久しい。優勝まであと1勝と迫りながら連敗を喫し、結果としてサンフレッチェ広島の連覇をアシストした2013シーズンの悔しさを、ルーキーとして記憶に焼きつけた。
当時のキャプテン、MF中村俊輔(現横浜FC)は敵地・等々力陸上競技場のピッチで、人目もはばからずに号泣した。シティ・フットボール・グループの資本参加とともに、新たな道を歩み始めたマリノスを最終ラインで支えてきた中澤佑二さんも、昨シーズン限りでスパイクを脱いだ。
偉大な先輩たちが担ってきたマリノスのキャプテンという大役を、今シーズンからMF扇原貴宏、MF天野純(現スポルティング・ロケレン)との共同という形で拝命した。キャプテンマークを託され、左腕に巻くたびに歴史と伝統とをかみしめてきた。
「誰もがつけられるものではない、特別なものだと自分のなかでは思ってきました。偉大な先輩たちを見てきて、どのようにあるべきかを選手としても、一人の人間としてもものすごく考えてきた。重みを感じるし、これまで以上に責任も生まれますけど、一緒に進んでいく仲間たちを信じて、頼れるところは頼ろうと。ただ、本当に苦しいときには自分が先頭に立つ覚悟はもちろん決めていました。それだけの決意が必要な立場だと思っているので」
「ファン・サポーターの方も腹をくくってくれた」
ポステコグルー監督の1年目だった昨季は、最終節までJ1への残留争いを強いられた。指揮官が掲げる斬新な超攻撃スタイルを習得していくうえでの、副産物といっていい総失点はリーグワースト3位の56を数え、リーグ2位タイをマークした総得点を相殺する形になった。
極端に最終ラインをあげ、ゴールキーパーもビルドアップに加わらせるスタイルの代償とも言える、背後に広がる広大なスペースを何度も突かれた。まさかのロングシュートを何本も決められた。それでも「最初から僕たちは信じていました」と、喜田は胸を張りながら2年間の歩みを振り返る。
「本当にちょっとずつですけど、勝った試合でも何がよくて何がもっと積み上げられるのか、負けた試合でも何がよかったのかと、小さなことをこつこつと積み重ねてきていまがある。もちろん上手くいかないこともありましたけど、チャレンジした結果として、そういう経験をすることが大事だと言い聞かせてきた。去年に大きくスタイルを変えて、ファン・サポーターの方も腹をくくってくれて、自分たちを信じてついてきてくれたことには、どれだけ感謝してもし足りないと思っています」
継続は力なり、と言うべきか。表情を変えずに「責任はすべて自分にある」と哲学を貫くポステコグルー監督のもとで合言葉になった、タイトルを取るという目標を全員が共有できたと喜田は振り返る。信頼し合う心が束になったときに生まれる強さが、マリノスに脈打ちはじめていた。
「去年の結果だけを言えば、現実として考えている人は(周囲には)いないに等しかったと思う。それでも、選手、監督、スタッフを含めたチームの全員が心の底から信じてスタートした。そのときから『このチームならば、何かを起こせるんじゃないか』という思いが自分のなかにあった。いまこうして言葉で言うのは本当に簡単なことですけど、最後にこうやってシャーレを横浜にもってこられたことは、みんなの信じる気持ちが乗り移った結果だったと思っています」
「マルコメ坊主」から弁が立つキャプテンへ
累積警告で出場停止となったベガルタ仙台との第27節を除いて、すべての試合で先発の座を勝ち取ってきた。プレー時間2965分は、3060分のフルタイム出場を果たした日本代表DF畠中槙之輔に次ぐ2位。チーム全体を見渡しながら、自分自身のパフォーマンスにも厳しいハードルを課してきた。
「自分のことを蔑ろにするわけにもいかないし、裏を返せばそれはチームのためにもならない。まずは自分がプレーでも、行動や姿勢でも一番いいものを示さなければ何の説得力も生まれませんし、周囲に要求することもできないと言い聞かせて、本当にいろいろなことを考えながら、プレーの面でもピッチ外での立ち居振る舞いでも取り組んできました」
FC東京戦をもって18年間の現役生活に別れを告げた、36歳のDF栗原勇蔵は小学生時代の喜田を知る数少ない存在の一人だ。当時の喜田を「マルコメ坊主のようで、本当に小さくて可愛い子だった」と目を細めて振り返りながら、心身両面でたくましく成長したいま現在の姿にマリノスの未来を託す。
「コメントを聞いていてもあんなに立派なことを言って、オレなんかよりもよほど弁が立つ。人間的にも立派になったし、オレと10歳くらい違いますけど、キー坊の方が大人ですよね。今後のマリノスを引っ張っていってくれる、という絶対的な安心感がある。本当に頼もしい存在です」
タイトルを取りにいく覚悟
キャプテンとともに、ミスター・マリノスの座も託されたと言っていい喜田は今季を戦いながら、ビッグクラブという言葉の定義に思いを馳せてきた。4度のJ1制覇はジュビロ磐田とサンフレッチェを抜いて、鹿島アントラーズの8度に次ぐ単独2位に浮上した。常勝軍団アントラーズとともに、1993年のオリジナル10に名前を連ねたクラブのなかでは、一度もJ2降格を経験していない。
「何をもってビッグクラブと呼ぶかはそれぞれ考え方があるなかで、ひとつ大きなウエートを占めるのはタイトルだと思う。それを15年も取れていないところで言えば、果たしてマリノスはビッグクラブと言えるのかどうか、というのもあった。だからこそビッグクラブというところにすがるのではなく、それを捨ててでももう一回タイトルを取りにいく、という覚悟が必要だった。僕たちは環境もいいとは言えないし、自分たちよりもいい環境でやっているチームがJ1でもほとんどだと思うなかで、誰もそれを言い訳にしなかった。逆に『これで僕たちが勝っていくことに意味がある』と思っていた」
過去の栄光や伝統を心のよりどころにするのではなく、新たな歴史を打ち立ててやる。先制した試合で20勝1分け2敗と圧倒的な数字を残した。引き分けひとつをはさんで3連勝と7連勝をマークし、トップでゴールへ駆け込んだ最後の11試合はすべて先制する無双ぶりも発揮した。
追う側から追われる側へ
攻撃は最大の防御なり、とばかりに昨季よりもアップさせた総得点68は断トツのリーグ1位をマークし、最後の11試合では失点も8に抑え込んだ。攻守が抜群のハーモニーを奏でての戴冠を「偶然出した結果ではない」と、運といった類の言葉が入り込む余地はないと喜田はあらためて胸を張る。
「自分は評価をする立場ではないですし、上から目線で物を言うつもりもないですけど、最初のころに比べれば本当に見違えるほどたくましい、ハングリーな集団になりましたし、一人のチームメイトとして本当に頼もしく感じた。すごく抽象的な言い方になっちゃいますけど、いい集団になっていきましたよね。自信をもっていいと思いますけど、隙を見せれば下に落ちていくのも早い世界なので。それだけ厳しいリーグで戦っているし、だからこそ心して、みんなでまた準備していきたい」
得点王を分け合ったMFマルコス・ジュニオール、最終ラインに君臨したDFチアゴ・マルチンス、最優秀選手賞(MVP)および得点王と三重の喜びに浸ったFW仲川輝人とともに、優勝から一夜明けた8日のJリーグアウォーズではベストイレブンにも文句なしで選出された。
「これを味わうと誰もがもう一度、と思うのが普通ですし、来シーズンに対しては今年よりも厳しい戦いになる覚悟をもつ必要もある。それがタイトルを取るということであり、それがまた自分たちを強くしてくれる要素だと思っています」
追う側から追われる側へ変わる2020シーズンは、Jリーグ王者として6年ぶりにAFCチャンピオンズリーグ(ACL)の舞台にも立つ。至福の喜びに浸る時間はもう終わったとばかりに、トリコロール軍団をけん引する身長171cm体重64kgの小さな闘将は、すでに前へと走り出している。
(取材・文:藤江直人)
【了】