中村俊輔、所属クラブ歴代ポジション。マリノス、レッジーナ、セルティック…左足1本で世界を驚かせた男の系譜

中村俊輔の左足は、世界に衝撃を与えた。セルティックではレジェンドとして記憶されている。しかし、そのキャリアは決して順風満帆ではない。若くしてJリーグ最高の選手となり、2000年代の日本サッカー界をけん引した名手はどのような道を歩んできたのだろうか。41歳になっても向上心を抱き続けるファンタジスタの現在に至るまでの活躍を、所属したクラブごとに振り返っていく。

2020年04月08日(Wed)7時15分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部 photo Getty Images
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横浜マリノス/横浜F・マリノス(95年〜02年夏)

中村俊輔
2000シーズンの基本先発メンバー

【リーグ戦成績】
1997年:27試合出場5得点
1998年:33試合出場9得点
1999年:26試合出場7得点
2000年:30試合出場5得点
2001年:24試合出場3得点
2002年:8試合出場4得点

 桐光学園高校から全国高校サッカー選手権準優勝の経歴を引っさげて、ジュニアユース時代まで過ごしていた横浜マリノス(現横浜F・マリノス)に加入したのが1997年。中村俊輔は1年目から主力に定着し、Jリーグ優秀新人賞を獲得するなど、順調にスターへの階段を上っていく。

 1999年からはクラブが横浜フリューゲルスを吸収合併して「横浜F・マリノス」に変わり、中村も背番号を「10」に変更。リーグ戦では26試合出場7得点の成績を残し、初めてJリーグベストイレブンに輝いた。

 続く2000年はU-23日本代表としてシドニー五輪に出場し、日本代表デビューも飾る飛躍の1年に。オズワルド・アルディレス監督が就任したマリノスは5年ぶりに1stステージを制した。チャンピオンシップでは2ndステージを制した鹿島アントラーズに敗れて惜しくも優勝は逃したが、中村の年間を通した活躍は目覚ましく、史上最年少22歳でJリーグ年間最優秀選手賞を受賞した。

 2001年は苦しかった。三浦淳宏やユ・サンチョルが退団したマリノスは低迷し、1stステージ途中でアルディレス監督が解任される。前年にチャンピオンシップで優勝を争っていたチームは年間13位に転落し、中村自身も前年度の年間MVPとして期待されたほどのパフォーマンスを見せられず、日本代表から遠ざかった時期もあった。

 2002年は、足首に負傷を抱えた上日韓ワールドカップ出場を逃すなど中村にとって厳しい前半戦となった。それでも夏に欧州へのステップアップを決断する。Jリーグでは屈指のスター選手に成長していた24歳は、日本サッカー界の期待を一身に背負ってイタリア・セリエAのレッジーナへと挑戦することになった。

●2000シーズンの基本先発メンバー

▽GK
川口能活

▽DF
波戸康広
松田直樹
小村徳男

▽MF
永井秀樹
上野良治
遠藤彰弘
三浦淳宏
中村俊輔

▽FW
エジミウソン
柳想鐵

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