セレッソ大阪、歴代ガッカリ外国籍選手5人。元W杯戦士も…J2降格を止められなかった助っ人たち

2020年05月19日(Tue)7時10分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部 photo Getty Images
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東欧路線大失敗の始まり

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2003年J1開幕戦:ヴィッセル神戸戦の先発メンバー

アルビン・ペラック(元ボスニア・ヘルツェゴヴィナ代表)

生年月日:1981年4月9日(当時21歳)
在籍期間:2003年
J1通算成績:3試合出場/1得点

 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ代表歴を持ち、同国1部のFKサラエボから加入して背番号9を任された。トップ下をはじめ攻撃的なあらゆるポジションをこなせるマルチプレーヤーとして期待されながら、ホームシックなどもあってわずか3ヶ月間でセレッソを退団している。

 この年のセレッソは東欧路線に舵を切ったが、新加入選手だったペラックとアレン・スタネシッチは目立った成果を残せなかった。

 2002年に在籍していたボスニア・ヘルツェゴヴィナ人のアルミール・トゥルコビッチはJ2で11得点を挙げてJ1昇格に貢献した。しかし、2004年に加入したクロアチア人のダボリン・カブラル、マリオ・ガルバ、クルーノ・ロブレク、セルビア人のミキ(ミオドラグ・アンジェルコビッチ)、そしてボスニア・ヘルツェゴヴィナ人のイヴァン・ラデリッチと東欧出身選手たちはことごとく期待を裏切った。

 また、2004年はクロアチア人のナザベド・ペーター監督が就任予定だったものの、来日直前に狭心症の発作を起こして日本での活動が難しい状態になり、実際にチームの指揮を執る前に契約解除となる。後任のフアド・ムズロビッチ監督は開幕から公式戦3試合勝利なしであっさり解任され、アシスタントコーチから昇格したアルベルト・ポボル監督も守備崩壊を止められず1stステージ最下位で解任の憂き目に。

 全てが裏目に出た東欧路線は失敗に終わり、2005年以降からは以前のようなブラジル路線へと回帰していく。2003年に短期間で日本を去ったペラックは、失策のきっかけとなった1人だった。

●2003年J1開幕戦:ヴィッセル神戸戦の先発メンバー

▽GK
下川誠吾

▽DF
鈴木悟
喜多靖
古賀琢磨

▽MF
久藤清一
布部陽功
廣長優志
アルビン・ペラック
森島寛晃

▽FW
バロン
大久保嘉人

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