ブラジル代表、センターバックの系譜。強靭さに狡猾さ…欧州でも輝いた王国のリーダーたち

ブラジル代表のディフェンスラインには常に屈強なリーダーたちが君臨してきた。彼らには強靭な肉体の他にも優れた頭脳、王国出身らしいテクニック、そして狡猾さなど様々な武器があった。直近のワールドカップ5大会でカナリア軍団のゴール前に立ちはだかったセンターバックたちの系譜を振り返る。

2020年06月02日(Tue)7時15分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部 photo Getty Images
Tags: , , , , , , , , , , , , ,

日韓ワールドカップ(2002)

20200602_brazilcb2002_getty
【写真:Getty Images】

ルシオ(レバークーゼン)
生年月日:1978年5月8日(当時24歳)
個人成績:7試合出場/0得点0アシスト


【今シーズンの欧州サッカーはDAZNで!
いつでもどこでも簡単視聴。1ヶ月無料お試し実施中】


 3バックの右ストッパーとしてブラジル代表の最終ラインを力強く支えた。準々決勝のイングランド代表戦ではゴール前でロングボールの処理を誤ってマイケル・オーウェンにネットを揺らされてしまったが、それ以外に大きな破綻はなし。退場や警告もなく、グループリーグ初戦から決勝まで全7試合に出場した。

エジミウソン(リヨン)
生年月日:1976年7月10日(当時25歳)
個人成績:6試合出場/1得点1アシスト

 リヨンのリーグ連覇に貢献した後、自身初のワールドカップに出場。決勝までの全7試合のうち6試合でピッチに立ち、ブラジル代表の5度目のワールドカップに大きく貢献した。グループリーグ第3戦のコスタリカ代表戦では見事なオーバーヘッドキックでゴールも挙げている。

 日韓ワールドカップ後はリヨンでリーグ3連覇を達成し、バルセロナ移籍を果たした。しかし、2度目のワールドカップ出場はならなかった。2004年途中からブラジル代表招集がなくなったが、2006年3月に約1年半ぶりの招集を受ける。それでも2006年ドイツ大会の頃はひざの怪我もあって出場メンバーに入ることができなかった。

ホッキ・ジュニオール(ミラン)
生年月日:1976年8月31日(当時25歳)
個人成績:6試合出場/0得点0アシスト

 同世代の3人で組んだディフェンスラインの中でもリーダー的存在で、大柄ながらセンターバックもサイドバックにも対応できる機動力を備える。日韓ワールドカップではグループリーグ第3戦のコスタリカ戦を除く6試合に出場した。

 2004年にはレバークーゼンへと移籍して、のちにブラジル代表の主軸としてワールドカップの舞台に立つフアンと名コンビを形成したが、ホッキ・ジュニオール自身は2005年のFIFAコンフェデレーションズカップが最後の国際大会に。ドイツワールドカップ出場は叶わなかった。

●決勝・ドイツ戦の先発メンバー

▽GK
マルコス

▽DF
ホッキ・ジュニオール
エジミウソン
ルシオ

▽MF
カフー
ジルベルト・シウバ
クレベルソン
ロベルト・カルロス
リヴァウド
ロナウジーニョ

▽FW
ロナウド

1 2 3 4 5

新着記事

↑top