アフリカ最強ストライカーの系譜。引退後は大統領!? 数々の栄光に彩られた祖国の英雄たち

ワールドカップ優勝国などは出ていないが、欧州サッカー界では常にアフリカにルーツを持つ選手たちが存在感を発揮している。中でもストライカーのポジションには驚異的な能力を持つ選手が多く、各年代に世界を席巻した選手がいた。そんな祖国では英雄的な扱いを受けることも少なくない、アフリカ各国の国籍を持つストライカーたちの系譜を振り返る。

2020年06月29日(Mon)9時00分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部 photo Getty Images
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1990年代前半

ジョージ・ウェア
【写真:Getty Images】

ジョージ・ウェア(リベリア代表)
生年月日:1966年10月1日
代表通算成績:61試合出場/22得点
主な獲得タイトル:FIFA最優秀選手賞(1995)、バロンドール(1995)、アフリカ年間最優秀選手賞(1989、1994、1995)、リーグ・アン(1993/94)、セリエA(1995/96、1998/99)


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 “リベリアの怪人”は、その異名の通り驚異的な身体能力を武器に常人離れしたプレーで欧州を席巻した。カメルーンから1988年にフランスリーグのモナコへ移籍して1991年にはフランスカップ制覇。1992/93シーズンからはパリ・サンジェルマンへと移籍してゴールを量産し、リーグ優勝も成し遂げた。

 そして1995年、FIFA最優秀選手賞やバロンドール、アフリカ年間最優秀選手賞など個人タイトルを総なめに。アフリカ人として初めてのバロンドール受賞者となって世界にその名を轟かせた。1996/97シーズンのセリエA開幕戦、エラス・ヴェローナ戦では自陣コーナーキックの守備から約80mをドリブルで単独突破してゴールネットを揺らしたスーパーゴールは特に有名だ。

 圧倒的なスピードやパワーのみならず、テクニックや創造性、ハードワーク、そしてフィニッシュ精度とストライカーに必要な能力の全てを兼ね備えていた。しかし、リベリア代表でのワールドカップは叶わず。それでも1990年代のサッカー界を象徴するストライカーの1人という評価に疑いはない。

 2000年1月からはチェルシーに期限付き移籍し、同年夏からは完全移籍でマンチェスター・シティへ。その後、マルセイユやUAEのアル・ジャジーラを渡り歩いて2003年にスパイクを脱いだ。現役引退後はアメリカに住んでいたが、2005年に祖国リベリアの大統領選挙に出馬して政治家に転身。2014年には同国で上院議員になり、2016年にはなんとリベリア大統領に就任した。

 息子たちもプロサッカー選手として活躍しており、三男のティモシーは父の古巣パリ・サンジェルマンで最初のプロ契約を勝ち取った。現在はフランス1部のリールに所属している。代表は父の祖国リベリアではなく、自らの生まれ故郷であるアメリカを選んだ。

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