マリノスが貫く「自分たちのサッカー」の本質とは? 3バック導入の意味、勝利の追求に終わりなし

昨季王者の横浜F・マリノスはJ1連覇の期待をかけられながら、首位の川崎フロンターレに大差をつけられている。ここにきて3バックへのシステム変更にも踏み切った。しかし、アンジェ・ポステコグルー監督は「システムは関係ない」と繰り返す。その発言の真意とは? そして、彼が掲げる「自分たちのサッカー」の本当の意味とは?(取材・文:舩木渉)

2020年09月26日(Sat)10時48分配信

text by 舩木渉 photo Shinya Tanaka
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苦しむ王者。3バックも導入し…

横浜F・マリノス
【写真:田中伸弥】

「自分たちのサッカーをする」

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 横浜F・マリノスにアンジェ・ポステコグルー監督がやってきて以来、この言葉を幾度となく聞いてきた。それこそ耳にタコができるくらい、記者会見があれば必ず一度は耳にする。もはや深い意味を考えることすらなくなっていた。

 ただ、最近「自分たちのサッカー」とはいったい何なのだろうか……と改めて気になり始めた。

 マリノスは昨年、34試合で68得点という破壊力抜群の「アタッキング・フットボール」で15年ぶりのJ1制覇を成し遂げた。1試合平均の「パス数」「パス成功率」「スプリント回数」「走行距離」は上位陣の中でも群を抜いていて、ボールポゼッションと高強度の組織的なランニングを融合した独自のスタイルを確立したようにも見えた。

 ところが今季は様子が違う。序盤からなかなか勝利が続かず苦しんだ。ようやく今季2度目の3連勝を記録したものの、リーグ戦ではすでに8敗していて、首位の川崎フロンターレには20ポイントも差をつけられている。

 さらに直近の5試合では慣れ親しんだ4バックから3バックへ移行した。だが、ポステコグルー監督は「自分たちのサッカー」は曲げていないと主張する。

 とはいえ、やはりピッチを俯瞰した時に見える変化は気になってしまうもの。我々メディアもシステム論にフォーカスした質問を何度もぶつけていた。苦しい状況ではあるが、チームが試行錯誤する中で、何とか前向きな要素を監督から引き出したいという思いもある。

 今月16日に行われた清水エスパルス戦終了後、4バックから3バックへのシステム変更についての質問が多くなることについて、ある記者が「監督を邪魔する意図はない。そこを理解してほしい」と述べると、ポステコグルー監督は次のように返答した。

「理解しているよ。私の仕事は『選手を守ること』だ。今のように毎試合後のトレーニングがなかなかしっかりできない中、選手を守るのは難しい。いくつか選手の立ち位置を変えているのも、彼らを助け、毎試合刺激を与えるためだ。そういう(システムに関する)質問に怒ってはいない。論理的な問いだと思う。何も問題ない。ただ、私にとって4バックで戦うか3バックで戦うか、あるいは5バックなのかは関係なく、選手の立ち位置によってどうプレーするかが重要なんだ。

例えば今日の試合を見ると、センターバックはチアゴ・マルチンスだけだった。松原(健)も喜田(拓也)も(本来なら)センターバックではない。水沼(宏太)も(本来は)ウィングバックの選手ではない。マリノスのサッカーには、どのポジションか、ディフェンスラインに何人いるかは関係ない。ボールをキープし、パスを回し、アグレッシブであることの方がシステム云々よりよっぽど重要だ」

10年前から貫き続けていた信念

アンジェ・ポステコグルー
【写真:田中伸弥】

 この言葉を聞いて、「自分たちのサッカー」という概念について腑に落ちたところがあった。

 ポステコグルー監督が志向するサッカーは「型」に縛られない。例えば「4バックか3バックか」というシステム論はもちろん、マリノスを語る上で注目を浴びてきた「偽サイドバック」や「ハーフスペース」「ポジショナルプレー」「ショートカウンター」といった戦術用語も、ハッキリ言ってしまえば大した意味はない。あくまでチームを機能させてゴールに向かう過程で必要性が生じて起こった現象に過ぎなかったのだろう。

 では、このオーストラリア人指揮官が強調し続けてきた「自分たちのサッカー」の本質とは何か。

 それは「システムやポジションにこだわらず、選手の個性や強みを最大限に活かしてチーム力に還元し、能動的に可能な限り多くのゴールを奪い、相手を圧倒して勝つサッカー」なのではないだろうか。

 ディフェンスラインの人数が変わろうと、選手の並びが変わろうと、ポステコグルー監督の哲学がブレたわけではない。理想とするフィニッシュの形は、10年近く前から変わっていないことは過去の仕事ぶりからもわかった。

 思い立ってブリスベン・ロアー時代の試合映像を見てみると、ポステコグルー監督が実践していたチャンスメイクのアイディアは今とほとんど変わらない。「ハーフスペース」という言葉が用語として定義される以前から、彼のチームには両サイドに開いてピッチの幅を確保する選手がいて、相手センターバックとサイドバックの間からペナルティエリア角周辺のスペースに選手が飛び込み、低くて速いクロスでチャンスを作る形がカギになっていた。

 マリノスでもこうした崩しのアイディアは維持されていて、そこに至るまでのプロセスをチームの特性や抱えている選手たちの特徴に合わせて調整している。そしてボール支配率を高め、できるだけ自分たちで試合をコントロールしながらゴールに迫っていくことを好む。

 3バックに関してもオーストラリア代表時代に取り組んでいたことがある。当時、彼の国には単独突破で違いを作れるウィングがおらず、ワールドクラスのアタッカーを1人で止められるセンターバックもいなかった。一方で、トップ下やそれに準ずるポジションで輝く選手は豊富にいたからこそ、中央に厚みを持たせた3-4-2-1でポゼッションスタイルを確立しようとしたはずだ。

選手たちに浸透する監督の哲学

 ひるがえって今のマリノスでは、2017年当時のオーストラリア代表と同じような状況が起きている。J1優勝を果たした昨季は仲川輝人や遠藤渓太、マテウスといったスピードと突破力が持ち味のウィングが崩しの鍵を握っていた。だが、遠藤やマテウスはすでに退団していて、純然たるウィングは今のチームにほとんどいない。

 今季開幕からエリキを左ウィングで試し、途中加入の前田大然も同様に左ウィングで起用されてきたが、個々の武器とポジションに与えられるタスクがぴったりとハマらなかった。昨季も開幕当初は左サイドで起用していたマルコス・ジュニオールをトップ下に配置転換したように、選手の立ち位置の変更には躊躇のない監督だ。

 加えて今年は特殊な過密日程を戦い抜くうえでローテーションを組んで「選手を守る」必要もある。こうしたいくつもの要因が複雑に絡み合って、ポステコグルー監督はメンバー構成を変えても「自分たちのサッカー」の本質を維持しつつ結果を残すための修正を施したのだろう。それが見た目としてのシステム変更になったのだ。

 3バックの導入やローテーションを組む中で出場機会を増やし、印象的なパフォーマンスを披露している渡辺皓太は「システムが違っても、マリノスのサッカーは変わらない。ポジション関係なく流動的に動いて、チーム全員で攻め切る、守るというのは変わらない」と語った。

 ざっくりしているようではあるが、ある意味で本質的なところを突いているように思う。「これ」という何かに固執するのではなく、ベースになる考え方は、これくらい柔軟性があっても構わない。ポステコグルー監督がずっと繰り返してきた「システムは関係ない」という考えは、確実にチームや選手たちに浸透している。

選手の強みとタスクの調和がカギ

渡辺皓太
【写真:田中伸弥】

 あとはピッチ上の選手たちがコンセプトを理解したうえで、自分の立ち位置と与えられたタスクをどう整理し、実行するかだ。

 例えば渡辺は相手の懐にすっと入り込んでボールを奪う技術に優れ、ワンタッチで前を向く半径の小さい高速ターンという武器を持つ。運動量豊富で行動範囲も広いため、幅広く様々な局面に顔を出しながら常に前を向いてパスをさばき、ボール非保持時には危険なスペースを埋める役割も担える。そして相手の嫌がるプレーを素早く選択する判断力にも優れている。つまり常に隣に連動できる相方がいる、3-4-2-1のダブルボランチの一角は持ち味を最大限に生かせる配置なのだ。

 ようやくコンディションを上げてきたエリキも、3-4-2-1の2シャドーに入ってから絶好調で直近4試合連続ゴール、しかも6得点と目覚ましい結果を残している。

 今月19日のサガン鳥栖戦では、マリノスがチーム走行距離で129.826kmを叩き出した。これはJリーグが走行距離の記録を開始した2015年以降で最高の記録だった。システムを変えようが、選手を入れ替えようが、全員で走って、戦って、できる限り多くのゴールを奪って、一切引くことなく相手を完膚なきまでに叩きのめすという基本姿勢が一貫している証左と言えよう。

 ポステコグルー監督は「走ることは重要なゲームの一部だが、距離を稼ぐだけでなく、90分を通じてアグレッシブでなければならない。我々はフリーキックやコーナーキック、スローインのリスタートも非常に素早くしている。全員が動き続け、走ることで『自分たちのサッカー』は完成する」と、鳥栖戦後に改めて強調していた。

 選手の強みとタスクを調和させ、それらを複数組み合わせたユニットの機能性も考慮しつつ、ゴールまでの道筋を描いていくのがポステコグルー流だ。両サイドバックが中に絞る「偽サイドバック」に象徴される先鋭的な戦術アクションは表層でしかなく、選手起用やシステム論に囚われていて「自分たちのサッカー」の本質を見誤ってしまっていた。

「もがかなければ糧にはならない」

喜田拓也
【写真:田中伸弥】

 これまでポステコグルー監督が繰り返し強調してきた「システムは関係ない」という言葉を、素直に額面通り受け取ることができていなかった。だが、ピッチ上で起きている現象を見て選手たちの話を聞くうちに、彼らの発言に何かを隠したり、偽ったりする意図がなかったことがわかり、視界がパッと開けてきた。

「悪いなら悪いなりにもがいていけばいいと思うし、一番ダメなのは何もしないことだったり、なんとなくやってしまうこと。もがくだけもがいて、悪いなら悪い中でも何かを見出せるような姿勢が大事だと思う。もがかなければ糧にはならないと思うので、そこは意識してやっていきたいと思います」

 3バックの導入後にリベロという新境地を開拓したキャプテンの喜田の口から出てきたこの言葉は、ポステコグルー監督の精神性や考え方を象徴しているように思う。

 加入からちょうど1年が経った渡辺が、23日のベガルタ仙台戦の前に話していたことも印象的だった。

「このサッカーは本当に魅力的です。どのチームにも良さがあるけど、このサッカーは常にゴールを目指して、常にボールを奪うことを意識して、常に前方向にプレーする。本当にやっていて楽しいし、見ていても楽しい。やっていて自分も成長していると感じるし、続けていくべきだと思います」

 未来のことは誰にもわからない。新しいチャレンジは成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。3バックの導入だって、ポステコグルー監督就任1年目の2018年には一度失敗していたのだ。

 それでも「自分たちのサッカー」はシステムや選手起用、戦術用語に先導されるものではなく、あくまで選手たちの個性や武器を尊重し、それらを理想的な形で勝つためにチームの組織力に還元していくものなのだ。基本となる軸に、状況に応じたディテールを詰め込んで、全員が同じ方向を見て突き進んでいく。

 2019年のJ1優勝が最高到達点ではない。今は苦しみながらもさらなる進化の過程にある。そのことを肝に銘じながら、ポステコグルー監督が作り上げるマリノスのサッカーの発展と進化を見届けていきたい。

(取材・文:舩木渉)

【了】

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