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Jリーグ 3年前

湘南ベルマーレFW町野修斗、プロ4年目でたどり着いた日産スタジアムへの思い。古巣マリノス戦で示した特大の成長【コラム】

明治安田生命J1リーグ第7節が3日に行われ、横浜F・マリノス対湘南ベルマーレは1-1の引き分けで終わった。この試合に特別な思いを持って臨んでいたのは、湘南のFW町野修斗だ。3年前、高卒でプロ入りして1年目に在籍していたのがマリノスだった。当時は全く出番を得られずJ3へ移籍することとなったストライカーは、3年経ってJ1まで這い上がり、自力で古巣と対戦する機会をつかみ取った。(取材・文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

古巣のファンから送られた拍手

町野修斗
【写真:舩木渉】

 明治安田生命J1リーグ第7節が3日に行われ、横浜F・マリノス対湘南ベルマーレは1-1のドロー決着となった。

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 試合後にマリノスの選手たちが場内を一周してファン・サポーターへの挨拶を終えた後、あるベルマーレの選手が日産スタジアムのホーム側ゴール裏の前で深々と頭を下げ、万雷の拍手を浴びた。

「意外と大きな拍手で迎えていただいて、鳥肌が立ちました」

 今季からベルマーレでプレーするFW町野修斗は、かつて所属した古巣のファン・サポーターの温かさに触れて、試合後のオンライン取材でも笑みを浮かべていた。

 マリノスに「所属した」とはいっても2018年の1年間だけ、しかも当時高卒ルーキーだった町野は公式戦に一度も出場できないまま退団した身。チームに貢献できず、忸怩たる思いも抱えていただろう。

 それでもJ3やJ2で努力を重ねて、プロ4年目にしてJ1リーグ戦の舞台に挑戦するチャンスをつかみ取り、マリノス在籍時には立てなかった日産スタジアムのピッチに帰ってきた。

 履正社高校出身の町野は、2018年にマリノスでプロになった。2016年にインターハイで履正社のベスト8入りに貢献して優秀選手に選ばれ、2017年と2018年には日本高校選抜にも選出された経験はあるが、在学中に全国高校サッカー選手権出場は叶わなかった。

 だが、2017年にマリノスの夏季キャンプに参加して高い評価を受け、2018年に正式入団を果たす。

 その年の新体制発表会でズラタン・イブラヒモヴィッチを尊敬する選手に挙げたストライカーは「自分は勝負強さを持っていると思っていて、今まで肝心なところでゴールを決められてゴールを決められていたと思います。プロの世界でまだまだ自分の力は足りないかもしれないけれど、自信を持ってやっていきたいです」と力強く語っていた。

 しかし、「プロの世界」の壁は高かった。身体能力や技術などあらゆる面でJ1クラブのレベルに追いつけていないのは明らかで、練習では紅白戦にほとんど入れず。当時のマリノスはアンジェ・ポステコグルー監督就任1年目でなかなか勝てない時期も続き、プロになりたての若手選手にチャンスを与える余裕もなかった。

シュート練習に励むも…

町野修斗
【写真:Getty Images】

 町野のことを考えると、今でも思い出す光景がある。2018年6月末、ロシアワールドカップによるリーグ中断期間に行った十日町キャンプでのことだ。それまでと変わらず紅白戦に混ぜてもらえない状況が続いていた18歳のFWは、日も暮れかかった全体練習終了後に最後までグラウンドに残って、スタッフとともにシュート練習に打ち込んでいた。

 他の選手は全員宿舎に引き上げた後で、GKもディフェンスもおらず、町野の正面には無人のゴールだけ。しかし、シュートはなかなか入らず、枠を大きく超えてゴールの後ろにある防球ネットを揺らすことも。

 何とかチャンスを掴もうと孤独にサッカーに向き合う若者は、「勝負強さ」も「自信」も失ってもがいているように見えた。そんな折、自主練から引き上げてきた町野に声をかけて心境を聞いた。

「ゲーム形式の練習などに入れていないというのもあるんですけど、横浜ではグラウンドの時間が限られていて。ここは時間がある限り使えるということで、使わせてもらっています」

 たしかに横浜のグラウンドは“借り物”のため、マリノスが使用できる時間が限られている。全体練習が終わった後に満足いくまで自主練に励む…といったことができない状況だった。加えて2018年の前半戦はワールドカップの影響で過密日程となり、出場機会の少ない選手中心で戦える練習試合の機会が極端に少なかった。

 18歳の若者にとってはアピールの機会も限られる状況だ。町野は「少しずつボール回しとかに慣れてきだして、イージーミスも(練習生として参加した)昨年よりはだいぶ少なくなっていると思います。でも、まだインパクトを残せていなくて、(ゲーム形式の練習に)入れていないと思うので、この合宿中にチャンスが来ればインパクトを残せるようにしたいと思います」と続けた。

 すると「ペン、ありますか?」と言って、最後まで待ってくれていたファン・サポーターのところへ駆け寄っていく。町野はそこで丁寧にサインや写真撮影に応じ、改めてこちらに戻ってきてくれた。

「若いからダメなんだ…と思われるのが一番嫌」

町野修斗
【写真:Getty Images】

 あの時の彼の様子や絞り出した言葉を改めて振り返ってみると、精神的にもかなり追い込まれていた……あるいは自分で自分を追い込んでいたのではないか…と感じるところがある。外し続けたシュート練習にも、何らかの心理的な要因があったのかもしれない。

「最近、縦パスが入った時に、僕のポストプレーのミスでサイドバックの上がるチャンスがなくなるシーンがあったんです。それを(中澤)佑二さんに指摘してもらって、『そうだな…』って。外しちゃいけないところというか……そこでミスしてはいけないというところで絶対にミスしないことを意識してやっています。ミスしないことを意識しすぎると…その加減は難しいと思うんですけど、大事なところなので。外しちゃいけないなと思いますね」

 アピールの機会が極端に限られた状況では、ミスを気にせずがむしゃらにシュートを打つような若者らしい大胆さが失われてしまう。逆にミスを恐れ、周りを失望させないよう無難なプレーを選んでしまう。町野はそんな悪循環に陥っているようだった。

 一方で空回りして気持ちが先走ってしまうのも理解できる。彼は自分に言い聞かせるように「『まだルーキーで若いから』というレッテルを剥がすためには、もっと守備でも攻撃でも走らなければいけないし、若いというのをいい方向に変えなければいけないと思います。若いからダメなんだ…と思われるのが一番嫌なんです」と語り、宿舎へ戻っていった。

 結局、町野がマリノスのユニフォームを着て公式戦に出場することはなかった。4月のYBCルヴァンカップで1試合だけベンチ入りしたものの、十日町キャンプ以降は一度もベンチ入りすらなくルーキーシーズンを終える。そして、2019年はより多くの出場機会を求めて当時J3のギラヴァンツ北九州へ期限付き移籍することとなった。

 やはり成長と自信は試合のピッチに立ってつかむものなのだろう。北九州への移籍は、間違いなく町野にとって大きな転機となった。2019年はJ3リーグ戦で30試合出場8得点3アシストを記録し、北九州のJ2昇格に貢献した。

 そして期限付き移籍から完全移籍に切り替わった2020年はJ2リーグ戦で32試合出場7得点8アシストを挙げた。自身初の挑戦となったJ2の舞台で北九州の主力となり、様々な形でゴールに絡める実力と高いポテンシャルを発揮。その活躍ぶりが評価され、2021年はベルマーレへの完全移籍を果たした。

「やっぱり楽しかった」日産スタジアム

町野修斗
【写真:Getty Images】

 厳しい現実を突きつけられた3年前とは全く違う選手になっている。一度は自信を打ち砕かれたが、自らの努力で再びJ1の舞台に挑戦するチャンスを勝ち取った。

 町野は「J2にいた時は全然意識していなかったんですけど、湘南に加入することが決まってからは、アウェイですけど、日産スタジアムでマリノスと対戦することが一番に頭に浮かんできました」と明かした。

「日産スタジアムでプレーするのには4年かかりましたけど、やっぱりプレーしてみて楽しかったのが一番の印象です」

 試合を終えた町野の表情は充実していた。「試合前にめちゃくちゃ久しぶりに、タカくん(扇原貴宏)とかテルくん(仲川輝人)とかに、顔でかいイジりはされました(笑)」と、かつてのチームメイトたちとも旧交を温め、ピッチ上では真正面からぶつかり合った。

 以前なら歯が立たなかっただろうが、今はもう違う。「チアゴ選手(チアゴ・マルチンス)も畠中選手(畠中槙之輔)も、僕は一緒にやっていましたし、彼らのレベルは今までの(対戦してきた)センターバックより高いと思わされましたけど、いい戦い方ができて、通用する部分は見えました」と、3年前には手も足も出なかった選手と渡り合える自信もついた。

「チアゴに縦突破いきたかったんですけど、やっぱり速かったですね。強いし。なるべくいい(パスの)受け方を意識してポジション取りとかでカバーしようと思っていました」

 Jリーグ屈指のセンターバックに対しても、ミスを恐れることなく挑んでいける。前線から激しくプレッシャーをかけ、ボールを持ったらどんどん仕掛ける。ゴール前で相手ディフェンスと駆け引きし、貪欲にシュートを狙う。ゴールこそ決めることはできなかったが、「J1の選手」として確かな存在感を放つ町野の頼もしい姿がピッチの上にあった。

「サッカーを素直に楽しめました。いつも以上に(ボールを持って)前を向くことを意識したんですけど、それがいい形として出ていた部分は少しあったと思います」

 マリノスでプロの厳しさを突きつけられ、一度は自信を失いかけながら、自らの努力でJ1まで這い上がってきた町野はベルマーレに欠かせない選手となりつつある。思えば2018年にマリノスで同期入団だった高卒ルーキー5人のうち、今季J1のクラブに在籍しているのは町野だけだ。

 プロ1年目に公式戦出場ゼロだったストライカーは、4年目で同期たちよりも高いステージにたどり着いた。町野が身体的にも技術的にもまだまだ底知れぬ潜在能力を秘めているのは間違いない。ベルマーレでさらに成長し、対峙するDFに「僕、最強だから」と言えるくらい迫力のあるFWへと進化していくことを期待している。

(取材・文:舩木渉)

【了】

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