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Jリーグ 12か月前

名選手、名監督にあらず。Jリーグ、大失敗したレジェンド監督5人。チームを低迷させた男たち

text by 編集部 photo by Getty Images

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 サッカー選手として優れているからといって、指導者として優れているかは分からない。現役時代に卓越した戦術眼が評価されていた選手であっても、チームをまとめるのは別の仕事である場合もある。今回は監督としては大きな成功を収められなかった元Jリーガーを紹介する。


小倉隆史(名古屋グランパス)


【写真:Getty Images】

生年月日:1973年7月6日
監督としてのJ1戦績:26試合4勝7分15敗


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 小倉隆史といえば、選手として日本を代表するポテンシャルの持ち主だったが、監督としては大きな成功を収めることができなかった。

 小倉は四日市中央工業高校で名を上げて1992年に名古屋グランパスの一員に。オランダのエクセルシオールへの留学を経て帰国し、1996年元日の天皇杯決勝サンフレッチェ広島戦では2ゴールを挙げてタイトル獲得にも貢献した。

「レフティーモンスター」と対戦相手に恐れられた小倉は、怪我の影響が響き、長く第一線で活躍できず、2005年に現役を引退。解説者などで活躍する傍ら、2012年にS級ライセンスを取得すると、2015年にゼネラルマネジャー(GM)補佐で名古屋グランパスに復帰する。その後、2016シーズンはGM兼監督という大役を任されたが、結果は厳しいものだった。

 小倉監督率いる名古屋グランパスは開幕からまずまずの結果を残したものの、5月から急失速。ファーストステージ第11節のヴィッセル神戸戦から勝てない時期が始まると、セカンドステージ第9節まで白星がなく、8月23日に事実上の監督解任に。自由を与えた小倉監督は、対策を講じられた際のアイディアが足りないと指摘された。

 年間順位が16位だった名古屋グランパスは、J2降格が決定。1シーズンでJ1に戻ってくることになったが、オリジナル10である名古屋グランパスの歴史に2部で戦ったという過去をつくってしまった。

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