リオ五輪日本代表最年少メンバー井手口陽介が語る自らのルーツとは

弱冠19歳にしてU-23日本代表としてリオデジャネイロ五輪メンバーに選出されたガンバ大阪・井手口陽介の少年時代のエピソードを井手口本人に語ってもらった。(文:元川悦子 ジュニアサッカーを応援しよう!Vol.41より一部転載)

2016年07月03日(Sun)7時02分配信

text by 元川悦子 photo Getty Images
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サッカーとの出会いは2人の兄の影響

井手口陽介
井手口陽介【写真:Getty Images】

――サッカーに触れるようになったきっかけから教えてください。

 お兄ちゃんが2人(長男・正昭さん=ホアンアイン・ザライFC、次男・稔さん)がいてサッカーをやっていたので、試合をよく見ていたことですね。保育園くらいからお母さんに連れられて行って、横でボールを蹴ったりしていました。

――最初にチームに入ったのは?

 小1でアビスパ福岡のスクールに入ったのが最初。そこは週1回でした。当時、家が博多区にあって、練習場のある雁ノ巣(東区)は遠いんで、お母さん(亜紀子さん)が片道1時間くらいの距離を車で送り迎えしてくれました。

 小3の時にはスクールで一緒だった子に誘われて、中央FCというチームにも入って、週2回通いました。それ以外の日はお兄ちゃんと結構遊びでボールを蹴ることが多かったと思います。パス交換とかをよくやっていました。でも練習という感覚ではなかったですね。

――中央FCではどんな活動をしていたのですか?

 小3から5・6年生のチームに入って練習できたので、すごく楽しかったですし、一生懸命やっていました。試合にはガッツリは出てないけど、たまに連れて行ってもらう感じ。福岡では強い方で、県大会にも行っていたと思います。

――当時のポジションは?

 僕自身はずっとFWをやっていました。とにかくゴールに向かって点を取るタイプのFWだったかな。特別にシュート練習をしたりはしませんでした。その頃、憧れていたのは、(元ブラジル代表の)ロナウドとか(元フランス代表のティエリー・)アンリ。点をいっぱい取るから好きだったんだと思います。

――Jリーグの試合を見に行くことは?

 あんまりですかね。ちょいちょいスタジアムに行くだけで、そんなに毎週ってほどは行かなかった。アビスパの熱狂的なサポーターということもなかったです。


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