「ホンマに自分の力だけじゃない」。リオ五輪日本代表のエース候補・南野拓実が語る少年時代のエピソード

リオ五輪日本代表のエース候補として活躍が期待される南野拓実自らが語るジュニア時代のエピソード。南野がサッカーを通じて学んだもの、プロサッカー選手として欧州や日本代表にまで選出される選手になれた要因とは。(文:元川悦子 ジュニアサッカーを応援しよう!Vol.33より転載)

2016年07月10日(Sun)8時00分配信

text by 元川悦子 photo Getty Images
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名前の由来は『開拓して実る』

南野拓実
南野拓実【写真:Getty Images】

――南野選手は95年1月に大阪・泉大津で生まれですが、名前の由来は知っていますか?

「ちっちゃい頃に親から聞いたのですが、『開拓して実る』って意味だそうです。名前負けしないようにとずっと思っていました」

――ご家族について教えてください。

「お母さんには小学校までつねに車で送り迎えをもらっていましたし、食事面でもサポートしてくれました。お父さんは僕の最初のサッカーコーチみたいな存在。家の駐車場にマーカーを置いて三つ上のお兄ちゃんと一緒にジグザグドリブルをやっていたんですけど、そういうメニューもお父さんが考えてくれましたね。お兄ちゃんとは結構ケンカしました。お兄ちゃんが友達と遊んでいるところについて行こうとすると『来んなよ』と。最終的にはついて行っていましたけどね(笑)」

――お兄さんの賢太さんはセレッソ大阪ジュニアユースにいたそうですが、お兄さんの影響でサッカーを始めたんですよね?

「そうです。幼稚園(熊取町のフレンド幼稚園)に入る前からずっと一緒にボールを蹴っていましたし、その後もずっと兄貴の背中を追いかけてきました」

――小さい頃はお兄さんと一緒にワールドサッカーのビデオをよく見たとか。

「はい。世界のサッカーは暇さえあれば見ていました。最初に見たワールドカップは98年で、一番のアイドルはロナウド(元ブラジル代表)。準決勝のオランダ戦のゴールはいかにもストライカーって感じでした。アルゼンチン戦でワンダーボーイのオーウェン(元イングランド代表)が挙げたスーパーゴールも覚えていますね。2002年日韓大会は日本代表をちゃんと理解していたし、自分もそこでやりたいと思っていました。ベルギー戦の鈴木(隆行)選手と稲本(潤一)選手のゴールは家族で見ていたし、セレッソの森島(寛晃)さんが大阪・長居のチュニジア戦でゴールを決めたのもよく覚えています」

――セレッソの存在もそこで認識した?

「そのときはまだ漠然とプロのチームという認識でしたけど、兄貴がジュニアユースに入ったことで、プロになるにはここが近道と思うようになった。小3くらいですね」


続きは『ジュニアサッカーを応援しよう!』にてお楽しみください。

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