岡田Jが土壇場の方向転換で得たW杯16強。弱点の露呈。成果を問えなかった「日本化」【西部の4-4-2戦術アナライズ】

アトレティコの躍進を受けて、復活の感がある4-4-2システム。Jリーグで頻繁に採用される一方で、意外にも日本代表ではそれほど使われてこなかった。だが、脳梗塞で倒れたイビツァ・オシム氏から日本代表監督を引き継いだ岡田武史監督は、4-4-2の変形システムである4-2-3-1をベースにチームを作っていった。「日本化」の方針も継続することになったが、W杯本大会直前に方向転換を強いられることとなる。(文:西部謙司)

2016年10月13日(Thu)10時19分配信

シリーズ:西部の4-4-2戦術アナライズ
text by 西部謙司 photo Getty Images
Tags: , , , , , , , , , , ,

「日本化」のネックとなった被カウンターの弱さ

2010年南アフリカW杯で日本代表を率いた岡田武史
2010年南アフリカW杯で日本代表を率いた岡田武史【写真:Getty Images】

 岡田武史監督の「日本化」は順調にみえた。遠藤保仁と中村俊輔を軸としたボールポゼッションで押し込み、ボールを失ったら素早い切り替えからハイプレッシャーをかける。日本選手のパスワーク、機動力、スタミナを生かしながら、コンタクトプレーの弱さという短所を前向きの守備で補う。次のアルベルト・ザッケローニ監督のチームにも受け継がれた戦い方だった。

 ところが、ワールドカップイヤーの2010年になると突然失速してしまう。東アジア選手権での不振は、例年どおり年明けのコンディション不良と思われたが、その後も回復の気配をみせず、国内最後の強化試合だった韓国戦に完敗。この試合を最後に、岡田監督は守備重視へと大きく舵を切った。司令塔の中村を外して阿部勇樹を起用、フォーメーションも4-2-3-1から4-1-4-1へと変更した。

 それまでの戦術の基盤はすでに失われていた。まず、ボールポゼッションが安定しなくなった。これは中心選手だった中村、遠藤のパフォーマンス低下が直接の要因と考えられる。とくに負傷の影響で中村のパフォーマンスが落ちていた。回復を待つ手もあったが、戦術を変えるならば強化試合でテストする必要があり、韓国戦以降は待てないと判断したのだろう。

 しかし、むしろ最大の問題はカウンターアタックを受けたときの守備力だった。

1 2 3 4

新着記事

↑top