2017年Jリーグ。フロンターレが悲願達成、長崎はクラブ消滅の危機から一転…。あの大物選手も来日!【Jリーグ平成全史(25)】

2019年05月08日(Wed)7時00分配信

シリーズ:Jリーグ平成全史
text by 編集部 photo Getty Images
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主な出来事

川崎フロンターレ
クラブ史上初のJ1リーグ制覇を果たした川崎フロンターレ【写真:Getty Images】

 この年、J1リーグで悲願を達成したのは川崎フロンターレだった。同クラブは開幕前に家長昭博や阿部浩之を獲得するなど積極的な補強を行い、十分な戦力を揃え新シーズンに挑んだ。開幕から順調に勝ち点を積み上げた同クラブは、9月に行われた第25節、対横浜F・マリノス戦で3-0と快勝し、2位に浮上。以降、1試合も落とすことなく、第33節終了時点で首位・鹿島アントラーズと勝ち点差「2」の2位をキープした。

 迎えた最終節。相手は大宮アルディージャだった。優勝に向けて是が非でも勝ち点3が必要だった川崎Fは、試合開始わずか1分で阿部が先制ゴールを奪取すると、エース・小林悠がハットトリックを達成するなど一気に大宮を突き放す。試合終盤には長谷川竜也にもゴールが生まれ、5-0と快勝。あとは鹿島の結果を待つのみとなった。

 アウェイでジュビロ磐田と対戦していた鹿島は、前半から猛攻を仕掛けるもホームチームの手堅い守備に手を焼き、なかなか点を奪うことができない。結局、試合はスコアレスドローのまま終了。この結果、川崎Fと鹿島は勝ち点で並ぶ形となったが、得失点差で上回った前者がクラブ史上初のJ1リーグ王者に輝いた。

 川崎Fはクラブ創設21年目にして初めての主要タイトルを獲得しただけでなく、得失点差+39はチーム史上最多、総失点32はチーム史上最少、年間4敗はリーグ史上最少となっているなど、圧倒的な強さでJ1リーグを駆け抜けた。また、リーグ優勝が得失点差で決まったのは、実はJリーグ史上初のことであった。

 J2で悲願を達成したのはV・ファーレン長崎だった。同クラブはシーズン開幕前、およそ3億円の累積赤字が発覚するなど経営面の問題が表面化し、クラブ消滅の危機に瀕していた。その暗い雰囲気はチームの成績にも影響を及ぼし、第7節~第9節で3連敗を喫するなど、スタートは順調とは言えなかった。

 しかし、4月に「ジャパネットたかた」創業者の高田明氏が新社長に就任すると、チームの暗い雰囲気は一気に払拭。成績も順調に伸び、気づけばJ1昇格争いを繰り広げるようになった。

 迎えた第41節、対カマタマーレ讃岐戦。ホームで行われたこの一戦、先にスコアを動かしたのは、長崎だった。27分、島田譲のスルーパスに抜け出した飯尾竜太朗のクロスを乾大知が押し込み、先制に成功した。その後、讃岐の木島徹也にゴールが生まれ、一時同点に追いつかれたホームチームだったが、73分に前田悠佑、82分に翁長聖にゴールが生まれ3-1と勝利。この結果、長崎はクラブ創設12年、Jリーグ参戦5年目でのJ1初昇格を掴み取った。シーズン開幕前にはクラブ存続の危機に瀕していた同チームの歴史的なJ1昇格は、大きな話題となった。

 また、アーセナルやケルンで活躍し、ドイツ代表として2014年ブラジルワールドカップ制覇を経験したルーカス・ポドルスキのヴィッセル神戸移籍が発表されたのはこの年の3月のことだった。移籍金は260万ユーロ(約3億1000万円)とされている。正式な加入は同年7月であり、同月22日に行われたプレシーズンマッチのベガルタ仙台戦で日本デビューを果たしている。リーグ戦では15試合5得点という成績だった。

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