内田篤人、所属クラブ歴代ポジション。シャルケで愛された“ウッシー”、右ひざとともに狂った運命の歯車

清水東高校から鹿島アントラーズに加入した内田篤人は、1年目の2006シーズンから主力として活躍してドイツへと旅立った。シャルケでは“ウッシー”として愛され、負傷と戦いながらも6シーズンにわたって在籍。ウニオン・ベルリンへの期限付き移籍を経て、2018年からは再びJリーグの顔の1人としてプレーを続けている。チャンピオンズリーグの舞台も経験した日本サッカー史上最高の右サイドバックはどんなキャリアを歩み、誰とともにプレーしてきたのか。各所属クラブや象徴的なシーズン、チームメイトたちを一挙に振り返る。

2020年04月14日(Tue)7時15分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部 photo Getty Images
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鹿島アントラーズ(06年〜10年夏)

Uchida_Kashima2006
2006年開幕戦:サンフレッチェ広島戦の先発メンバー

【リーグ戦成績】
2006年:28試合出場2得点
2007年:31試合出場0得点
2008年:25試合出場1得点
2009年:31試合出場0得点
2010年:9試合出場0得点

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 地元・静岡県の清水東高校から鹿島アントラーズに加入した内田篤人は、パウロ・アウトゥオリ監督の抜てきを受けてクラブ史上初となる高卒ルーキーのリーグ開幕戦先発出場を果たす。そして第4節のヴァンフォーレ甲府戦で初ゴールと初アシストを記録。その時、まだ17歳11ヶ月22日だった。

 1年目で右サイドバックのレギュラーポジションを獲得し、甘いマスクも手伝って絶大な人気を獲得すると、その年のJリーグオールスターサッカーにはDF最多得票で選出。もちろんこれも史上最年少出場だった。

 2年目からは背番号2を着けるようになり、日本代表合宿にも招集されるようになる。そして2008年1月にA代表デビューを飾ると、3年目には自身初のJリーグベストイレブンに選出。瞬く間に国内屈指のサイドバックとしての評価を固め、2009年もベストイレブンに。もちろん2007年から2009年にかけて、Jリーグでは他に成し遂げたクラブのない鹿島の3連覇に中心選手として大きく貢献した。

 小笠原満男や柳沢敦、曽ヶ端準、大岩剛、岩政大樹らJリーグを象徴するベテラン選手たちの中で揉まれ、勝者のメンタリティも身につけた内田は、2010年の南アフリカワールドカップに向けた日本代表メンバーにも選出される。本大会ではピッチに立てなかったが、その直後にドイツへ旅立つこととなった。

●2006年開幕戦:サンフレッチェ広島戦の先発メンバー

▽GK
曽ヶ端準

▽DF
内田篤人
大岩剛
岩政大樹
新井場徹

▽MF
小笠原満男
増田誓志
青木剛
本山雅志

▽FW
深井正樹
柳沢敦

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