アルゼンチン代表、歴代ストライカーの系譜。マラドーナからメッシの時代へ…FW大国が輩出した傑物たち

2020年06月26日(Fri)9時00分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部 photo Getty Images
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イタリアW杯(1990)〜日韓W杯(2002)

マラドーナ カニーヒア
左からマラドーナ、カニーヒア【写真:Getty Images】



クラウディオ・カニーヒア
生年月日:1967年1月9日
個人成績(1990):6試合出場/2得点0アシスト
個人成績(1994):3試合出場/2得点0アシスト
個人成績(2002):0試合出場/0得点0アシスト

ブロンドの長髪と甘いマスクで人気を集め、パワーとスピードに優れたマルチストライカー。1990年イタリアワールドカップではマラドーナと2トップを組み、準決勝のイタリア代表戦でもゴールを決めてアルゼンチン代表の2大会連続決勝進出に貢献した。だが、その試合でハンドを犯して退場となり、決勝のピッチには立てなかった。

カニーヒアもマラドーナと同じく薬物使用の問題を抱えており、出場停止処分を食らったことも。1994年のアメリカワールドカップでも“薬物2トップ”に期待されたが、マラドーナが大会途中でドーピング検査に引っかかり追放となった後、アルゼンチン代表はラウンド16で敗退してしまった。

1996年9月頃から6年にわたり代表から遠ざかり、1998年フランスワールドカップにも出場できなかったが、2002年日韓ワールドカップ直前にマルセロ・ビエルサ監督に呼び戻される形で電撃復帰。結局、本大会では負傷により1試合もピッチに立てなかったが、3度目のワールドカップ出場を果たす。そして、グループリーグ最終戦のスウェーデン代表戦でベンチからの抗議により1分も出場がないまま退場処分を受けた。

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