アルゼンチン代表、歴代ストライカーの系譜。マラドーナからメッシの時代へ…FW大国が輩出した傑物たち

2020年06月26日(Fri)9時00分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部 photo Getty Images
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フランスW杯(1998)〜ドイツW杯(2006)

クレスポ サビオラ
左からクレスポ、サビオラ【写真:Getty Images】



エルナン・クレスポ
生年月日:1975年7月5日
個人成績(1998):1試合出場/0得点0アシスト
個人成績(2002):3試合出場/1得点0アシスト
個人成績(2006):4試合出場/3得点1アシスト

1995年にアルゼンチン代表デビューを飾るが、長くバティストゥータの影に隠れた存在だった。パルマで活躍が目立ち始めていた1998年のフランスワールドカップでは、エースのバティストゥータが大爆発する一方、クレスポに巡ってきた出番はラウンド16のイングランド代表戦の途中出場のみ。しかも、PK戦で渾身のキックをGKデイビッド・シーマンにセーブされてしまった(アルゼンチン代表は無事に勝ち上がった)。

2002年の日韓ワールドカップに向けた南米予選ではチーム最多の9得点を挙げて出場権獲得に貢献したが、いざ本大会を迎えるとまたもバティストゥータの控え扱い。3試合に途中出場してグループリーグ第3戦のスウェーデン代表戦で起死回生のゴールを奪ったものの、チームは勝ち切れず、決勝トーナメント進出を逃した。

ようやくクレスポの時代が訪れたのは、バティストゥータが代表引退を表明した2002年日韓ワールドカップ後から。所属するチェルシーでは順応に苦しんでいながら、代表では2006年ドイツワールドカップに向けた南米予選でゴールを量産するなどエースとして活躍。初めて主力として挑んだ本大会でも3得点を挙げて存在感を誇示した。

2007年11月の招集を最後にアルゼンチン代表からは遠ざかり、再起を期してステップダウン移籍を繰り返すが、2010年南アフリカワールドカップ出場は実現しなかった。2012年に現役引退。

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