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Jリーグ 3年前

水沼宏太、驚異の1得点3アシストで示した責任と覚悟。夢を叶えた仕事人はマリノスに不可欠な選手へ

明治安田生命J1リーグ第27節が14日に行われ、横浜F・マリノスは浦和レッズに6-2の大勝を収めた。この試合で傑出したパフォーマンスを披露したのは、1得点3アシストを記録した水沼宏太だ。今季、強い責任感や覚悟を背負って10年ぶりにマリノスへ戻ってきた30歳の仕事人は、自らの存在価値を常にプレーで示し続けることによってチームに欠かせない選手となった。(取材・文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

驚異の1G3A。夢が叶った初のお立ち台

水沼宏太
【写真:Getty Images】

 明治安田生命J1リーグの実質的なシーズン開幕は、7月上旬だった。新型コロナウイルスの感染拡大が収まりきらないまま、その後も必死の努力で試合開催を続けて、横浜F・マリノスは11月14日に今季のホーム最終戦を終えた。

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 わずか4ヶ月半でシーズンのほとんどの試合を消化しなければならなかったと考えると、改めて慌ただしい日々だったと実感する。アンジェ・ポステコグルー監督は常々「Strange(奇妙な)」「Difficult(難しい)」「Different(いつもと違う)」といった言葉を使ってきたが、今季のような抗うことのできない厳しさはもう2度と味わいたくない。

 それはピッチ上でプレーしている選手はもちろん、彼らを支える現場スタッフや試合運営に携わる人々、我々のようなメディア、そしてファン・サポーターも同じ気持ちなのではないだろうか。とにかく明日どうなるかもわからない中で走り続けるのは、肉体的にも精神的にも健全とはいえない。

 マリノスは3連敗で迎えたホーム最終戦で、浦和レッズに6-2という快勝を収めた。開始2分の先制点を皮切りに、15分までで3点のリードを奪うゴールラッシュ。最後まで攻めの手を緩めず、今季最多得点試合を演じた。

 大勝の立役者となったのは1得点3アシストで4つのゴールに関与した水沼宏太だった。今季、C大阪から10年ぶりにマリノスへ戻ってきた男は、「素晴らしい」という一言では表せないほど傑出した復帰後最高のパフォーマンスを披露した。

「やっと、試合が終わった後にみなさんの前でしゃべることができます! 僕が初めてマリノスに入団した時から、ここに立つのが夢でした。今日はホーム最終戦ということで、みなさん、たくさんの応援ありがとうございます!」

 試合後、ヒーローインタビューに立った水沼はまた1つ夢を叶えた。その後にセレモニーがあったため、いつものようにホームゴール裏のファン・サポーターの前ではなかったが、「今まで(お立ち台に)立つほどの活躍もしていなかったので、ああやってマリノスの選手として日産スタジアムでしゃべるのは本当に初めてでした」と喜びを語った。

「小さい頃から夢見ていたピッチで自分がああいう形(1得点3アシスト)で貢献できて、しゃべれるというのはなかなかないことですし、すごく幸せなことだと思います。今日はホーム最終戦で、自分の中ではちょっと遅いかなと思っていますけど、でも、しっかり気持ちを伝えることができたので良かったです」

尽きぬ向上心。二桁アシストにも満足なし

 間違いなく2020年は水沼にとって特別な1年になっているだろう。心のクラブに復帰し、6月26日には娘も産まれた。Jリーグ再開初戦だった7月上旬の浦和戦の後には、今年にかける強い思いを語っていた。

「結婚した時もそうですけど、家族ができるということは、やっぱり人としても守るものができて、仕事に対してもより積極的に、もっとしっかりやらなきゃいけないんだというのが出てくると感じました。より自分の中に湧いてくるパワーがすごく大きくなったかなと思います。

自分の父親(水沼貴史氏)もそういう気持ちになったのかなと思ったりもしましたけど、とにかく本当に湧き出てくるパワーがめちゃくちゃあるなと。僕に限らず、世の中のお父さんはそう思っているかもしれないですけど、とにかくやってやろう、今年をいい1年にしたいと感じています」

 取材のたびに口にしていたのは「結果」へのこだわりだった。どんな時でもゴールやアシストでチームの勝利に貢献したいと言い続けてきた。常に出番に備えて準備し、チャンスを得た時には確実に「結果」を残す有言実行の仕事人だった。

 悔しい思いをすることも多かっただろう。J1リーグ戦で23試合に出場しているが、先発起用されたのは11試合にとどまっている。それでも積み重ねてきた「結果」は凄まじい。現時点で11アシストはリーグ単独トップだが、それをわずか1001分の出場時間で成し遂げているのだ。

 これは90分あたり約1アシストの計算になる。超過密日程でイレギュラーなことが多いとはいえ、先発でもベンチスタートでもこれだけ継続して結果を残す、ましてゴールよりも難しいかもしれないアシストでキャリアハイの数字を記録しているのである。偉業と言う他ない。それでも水沼に満足はない。

「自分自身、初めて二桁アシストをすることができたので、すごく嬉しい気持ちでいっぱいですけど、まだまだ積み重ねることもできたと思いますし、チームに対して貢献というところでは全く満足していないシーズンではあります。これに満足することなく、もっともっと上を目指して、自分自身、チームにとって必要な選手、なくてはならない存在になるくらいでなければいけないと思っています」

言葉には覚悟。いつも真摯であり続け…

水沼宏太
【写真:Getty Images】

 水沼の言葉にはいつも決意がこもっていて、力強さがある。どれだけ結果を残そうと貪欲に「もっと」を突き詰める。その姿勢で思い出すのは、9月下旬のサガン鳥栖戦を前にした取材時のコメントだ。

「今でもギラギラした気持ちは忘れていないし、ベンチだったら悔しいし、スタメンで出ても結果を残せなかったら悔しいですけど、チームがうまくいくためにはどうしたらいいかは、まず頭に入れてプレーしています。その中で、自分のプレーで何ができるかをしっかり把握して、整理して、ピッチ上で表現するのはものすごく大事にしているところで、自分が目立とうが目立たまいが、チームが勝てばいい。

でも、その中で(個人としても)結果を求めてやっていかないとプロとしては生き残っていけない。まずはチームのためにやることが、自分のためになるというのもある。それはいろいろなチームに行って、経験してきたことがすごく大きいかなと思います」

 負傷者が多かったチーム事情もあった今季、水沼は本職の右ウィングだけでなく、左ウィングやトップ下、3バック採用時には右ウィングバックなど様々なポジションで起用された。そして先発でも途中出場でも状況に応じた多様な役割を忠実にこなし、確実に結果を残してきた。

 責任感の強さは、負けた後の振る舞いからも感じた。なかなか勝ちの続かないなか、後半戦になると敗戦後に最も的確かつ丁寧に取材対応をしていたのが水沼だった。マリノスで初ゴールを決めたものの、ミスが多く、1-4で勝ち点を落とした10月中旬のセレッソ大阪戦後はチームメイトたちに発破をかけるような言葉を残した。

「試合に出ている選手たちは監督に託されて、覚悟と責任を持ってピッチに立っているわけなので、疲れなんて言っている場合ではないし、もっとコンディションのいい選手とか、試合に出られなくても一生懸命毎日の練習をやって、出たくてたまらない、モチベーションの高い選手もたくさんいる中でやっているところもあります。

ずっと出続けている選手、代えが利かない選手がいるかもしれないですけど、(試合に)出ている限り、責任を持ってピッチ上で戦わなければいけない。それがプロとしてのやるべきことだと思うし、3月や4月の試合ができなかった頃を考えたら、試合をやれている幸せや喜びを感じてピッチに立たなければいけないと思います」

悔しさを晴らしたホームでの初ゴール

 直近の3連敗の始まりとなった10月末のサンフレッチェ広島戦の後には、「自分としては本当に悔しい22連戦だった」と一貫した覚悟がこもった言葉と併せて、「みんながすごく成長できた22連戦でした」「こうやって試合を無事に行えるのは本当にいろいろな方々の協力があってのことなので、本当に感謝しているのが一番、自分の中にあります」と手応えや感謝を述べた。

 広島戦、鹿島アントラーズ戦、湘南ベルマーレ戦と、マリノスは3連敗を喫した。それでも試合内容はむしろポジティブで、勝利を取り戻した浦和戦では水沼の言葉にこれまで以上の自信がうかがえた。悔しさをバネにしてチームに歓喜をもたらした。

「前々節(鹿島戦)はゴールを決めることができたけど、前節(湘南戦)はベンチに入ることもできなかったので、その悔しさはすごくありましたし、とにかく自分がピッチに立つことがどういうことなのかを頭の中で整理して、とにかくチームを勝たせるために自分の持っているものを全て出すことから入りました。

本当に1試合1試合自分を出し尽くすことを今のテーマに掲げてやっているので、そういう意味ではゴールにつながったシーンもありますし、自分を目一杯表現することができたのかなと思います。そして、ホーム最終戦でこうやって圧勝できたのは、見に来てくれたサポーターの方々にも感謝の気持ちを伝えることができたのではないかと思います」

 今季の3得点目は、ようやく決まったホームでの初得点。ゴールネットを揺らすと、真っ先にスタンドのファン・サポーターに向かって喜びを表現した。地道にやれることをやって積み上げてきた努力の成果がゴールになって報われた瞬間でもあった。

「ホームで、それとホーム側のゴールに決めることができたのは本当に幸せなことだと思いました。3連敗していて、とにかく勝たなければいけない状況で、その中でゴールを決めて勝ち点3を取ることができたのはすごく良かったと思いますし、ゴールとアシストと、みんなに声をかけたりとか、チームのためにやるべきことはできたかなと思います」

 相手GKとディフェンスラインの間に鋭く刺さるような高速クロスを幾度となく蹴り込み、限られた出場機会の中でアシストもキャリアハイの二桁に乗せた。まさに“必殺仕事人”という存在感は、外国籍FWの活躍がフォーカスされがちなマリノスの攻撃陣においてもひときわ眩く輝いている。

ACL制覇へ「マリノスの名前をアジアに広めたい」

 どんな時も明るく前向きに努力を続け、常に万全の準備を怠らない。出番がやってきたら確実に与えられた役割を果たし、なおかつ愚直に「結果」を追い求める。もっと試合に出たいと主張するのもはばからない。

 そして誰もが慕う人格者でもあり、プロフェッショナリズムの塊でもある。チャンスを得た時に必ずと言っていいほど勝利に直結するプレーを連発する姿は、もう十分に「なくてはならない存在」であり、ピッチ内外で「チームにとって必要な選手」という評価に疑問を抱く者もいないだろう。

 マリノスは18日に川崎フロンターレとのアウェイゲームを戦った後、カタールへ移動してAFCチャンピオンズリーグ(ACL)に臨む。アジアチャンピオンを目指す厳しい戦いにおいても、水沼の力が必要だ。こんなにもピッチ内外問わず頼もしい選手は、欲しくて探してもなかなか見つかるものではない。

 チームとしては、11月に入ってから徐々にACLを意識した戦術面のテスト的采配や選手起用を試み始めている。マルコス・ジュニオールやエリキ、喜田拓也、畠中槙之輔らをベンチ外にした浦和戦は「とにかく悔しい思いをしている選手たち、試合に絡めなくて、もっともっと試合に出て勝つためにプレーしたいという気持ちを持った選手たちがたくさんいました」と水沼は語る。もちろん自らもその1人だった。

「僕らが躍動してピッチでマリノスのサッカーを表現することによって、間違いなくプラスになった試合だと思います。ACLという連戦で本当にきつい大きな大会でチャレンジする場がこれからあるので、とにかくガムシャラに、日本を代表して、マリノスの名前をアジアに広められるように、アジアチャンピオンを目指して頑張りたいと思います」

 J1連覇は逃したが、まだアジアの頂点を極めるチャンスが残されている。カタールのスタジアムにも水沼の大きな声が響き、右足クロスで相手の守備をズタズタに切り裂いてくれるはず。最後まで後悔なく戦い抜いて、チームの輪の中心で歓喜の雄叫びをあげている姿を見るのが楽しみだ。

(取材・文:舩木渉)

【了】

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