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Jリーグ 3年前

マリノスは「新システム」を見せなかった。対フロンターレ戦術の意図、ポステコグルー体制4年目の戦い方とは?

明治安田生命J1リーグの開幕戦が26日に行われ、川崎フロンターレが横浜F・マリノスに2-0で勝利した。前々年王者を率いるアンジェ・ポステコグルー監督は、前年王者に対してどう戦おうとしたのか。そして、タイトル奪還に向けて今季のマリノスはどんなことに取り組んでいるのだろうか。(取材・文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

気になったディフェンスラインの並び順

畠中槙之輔
【写真:Getty Images】

 キックオフの笛が鳴った瞬間、「今日は全てを見せるつもりはなさそうだ」と察した。

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 明治安田生命J1リーグの開幕戦が26日に行われ、川崎フロンターレが横浜F・マリノスに2-0で勝利した。

 一昨季王者のマリノスは連覇を目指して挑んだ2020シーズンを9位で終え、再び頂点に立つべくプレシーズンから「新システム」の導入を試みてきた。キャンプを取材して練習やヴァンフォーレ甲府との練習試合を見る限り、「ハマれば面白い」という高揚感があったのを覚えている。

 だが、もし甲府戦や2次キャンプ前半までに取り組んでいた戦い方に変化を加えず開幕戦まで調整してきたとしたら、フロンターレ戦で見せたものはほんの一部にすぎない。いや、ほとんど出していないとも言えるかもしれない。

 2次キャンプで行われた甲府戦以降の2つの練習試合は報道陣にも非公開だったため、選手の配置や動き方に変更を加えているかもしれない。とはいえ、「新システム」と噂されていたものをフロンターレ戦で全て披露しないのではと気づいた要因は確実にある。

 それはディフェンスラインの選手の並び順だ。

 フロンターレ戦では右から岩田智輝、チアゴ・マルチンス、畠中槙之輔という順になっていた。4バック気味になる際は左にティーラトンが加わる。センターバックが右チアゴ、左畠中とう並びは昨季までと変わらない。

 一方、我々報道陣が見ることのできた甲府との練習試合や、2次キャンプ前半の練習を踏まえると、実戦では右から岩田、畠中、チアゴと並ぶことが想定された。これまで4バックでも3バックでもチアゴの左に入っていた畠中が、3バックの中央に入る並びに変わっていたのである。

3バックにおける畠中槙之輔

 この人選と配置は「新システム」の肝になる要素でもあった。畠中は2次キャンプ中の取材で「攻撃でも守備でも、どちらでも重要なポジション」について次のように語っている。

「守備に関してはこれまで以上に周りをまとめて、どう守るか、どうボールを奪いにいくかというリーダーシップを発揮しなければいけないと思います。攻撃に関しても、ただ後ろにいるだけでなく前に出ていったりとか、いかにスムーズに(ボールを)前進させられるかが求められていると思う。そこは自分も得意な部分でもありますし、自分の良さを出せる部分でもあるので、これからどんどん質を高めていければいいのかなと思います」

 3バックの際にチアゴ・マルチンスが中央にいたのは、守備面でカバーリング範囲の広さや対人の強さが期待されていたから。一方、畠中の場合は可変システムになることが前提にあり、常に中央から外れず、時にはボールを持って中盤まで進出してアンカー的に振る舞う攻撃の起点としての役割が重視されていた。

 甲府との練習試合では守備ブロックをセットすると5バック気味になることもあり、攻撃時にはディフェンスラインに畠中とチアゴを残した全員が敵陣深くまで攻め入るような場面もあった。常に細かくスライドしてポジショニングを調整することも求められ、ボール保持時は3バック、4バック、2バックと状況に応じてディフェンスラインの人数が変わり、チーム全体の配置もシステムを数字の羅列で明確に表せない流動性があった。

 ところが、先に述べた通りフロンターレ戦のディフェンスラインは岩田、チアゴ、畠中、ティーラトンの並びで、守備時は4バックが基本。攻撃時は和田拓也が1列前に出て3-4-3気味になる変化はあったものの、ティーラトンが中央に絞って中盤に参加する形は昨年までの戦い方と大きく変わっていなかった。

 なので「今日は全てを見せるつもりはなさそう」と感じたのである。序盤は和田拓也が攻撃時に右サイドへ張り出すような場面も見られたが、徐々に中央へ固定されるようになり、基本システムは4-2-3-1に。

 ポジションチェンジはマリノスがボールを持つとティーラトンが中盤に出てくるくらいで、上下左右に幅広く動く和田に課されたタスクがやや多いのは気になったが、流動性はそれほど強くなかった。

なぜ3バックに取り組んできたのか

岩田智輝
【写真:Getty Images】

 なぜアンジェ・ポステコグルー監督は、フロンターレ戦で新しい戦い方を試そうとせず、昨季までの形を踏襲したのだろうか。そのヒントは2次キャンプ中の取材で監督自身が残した言葉に隠れていそうだ。

「昨季はタイトなスケジュールのなかで、なかなか練習ができない状況が続いていた。そのため新たなことや変化をチームに落とし込むのが難しかったが、今季は3バックだろうが4バックだろうがスムーズにできるよう流動的に、いろいろな可能性を見ておこうと思っている。練習する時間のあるプレシーズンキャンプは素晴らしいチャンスだ。

今季もタイトなスケジュールが続く中で、誰が起用できて、誰が怪我をしているのか、どこにミスマッチがあるのかなどの状況を踏まえながら、『今日は3バックでやろう』『今日は4バックでやろう』と、フレキシブルに戦えるようにしたい。試合中にも形を変えられればいい。選手たちに(選択肢を)落とし込める時間がある。4バックは選手たちもすでに理解できているので、今は3バックでどう戦うかを落とし込んでいる段階だ」

 決して前年度王者のフロンターレに日和ったわけではない。喜田拓也やエウベル、マルコス・ジュニオールといった主力クラスに負傷者も多い中、様々な可能性を考慮して従来通りの4-2-3-1がベースの戦い方を選択したのだろう。

 ある程度フロンターレにボールを持たれる時間もあると想定すると、攻撃的な3-3-1-3は中盤で主導権を握られるリスクが大いにある。ならば、中盤の人数を揃えて相手の攻撃を受け止め、攻撃に移る際に形を変えてミスマッチを作り出す方が合理的だ。

 和田が起用されていたのも、中盤とサイドの両方をハイレベルにこなせるからではないだろうか。展開しだいでは4バックからキャンプ中にトライしてきた新システムへの移行もスムーズに可能だった。

 フロンターレ戦に向けた戦い方について、天野純は試合後に「監督から、この1週間のフロンターレ戦に向けた準備のところで、しっかり正しいポジションを取って、動きすぎないことを徹底して言われていた」と明かした。

 試合前のスタメン紹介CGに出ていたような3-3-1-3の採用を我々も期待していたが、攻守の切り替わりの局面で大きなポジションチェンジが多数発生する状況は、フロンターレのような質の高い速攻を選択肢に持っているチームには分が悪い。3バックから4バックに変化させるにしても、5バック気味に守備ブロックをセットするにしても、一時的に中盤が薄くなって押し込まれ続けるリスクがあった。

ポステコグルー監督が「守備」に言及

 今季のマリノスは「失点を減らす」ことも大きなテーマに掲げている。キャンプ中にポステコグルー監督がキャンプ中に大声で強調していたのは、「ディフェンスで厳しくプレスにいくこと」や「相手がボールをコントロールする時間帯は、中央を閉じながら(自陣に)戻ること」だった。

 攻撃面で昨年までと同様「自分のポジションが重要ではない。どのスペースに入っていくかだ!」と、システムではなく配置の優位性を取り続けることの重要性を強調していた一方で、守備に関する指示や実践は明らかに増えていた。

 ポステコグルー監督は「どう守備を強化するかではなく、今季はまず試合全体をしっかりコントロールすることに重点を置きたい。自分たちのサッカーは高い強度でやらなければならないが、昨年の過密日程から学びを得て、今季は『前にとにかく急ぐのではない。これが自分たちのサッカーではない』ところを、もう一度選手たちと共有している。

そして、ボールを持ちながら、しっかりコントロールできるところはコントロールしようとしている。守備の時も前からどんどん(プレッシャーをかけて)ハメていくのではなく、時には自分たちがしっかり守備ブロックをセットしてから準備をすることが大事になってくると思う。全体的に自分たちがやってきたことのベースは崩さず、プラスアルファでしっかりコントロールすることに取り組んでいる」

 常にハイテンポ・ハイインテンシティのサッカーを続けていると、昨年のような過密日程には身体が耐えられなくなってしまう。昨季はボール保持者に対してガンガン寄せて、一気にショートカウンターという得点パターンに依存していたが、それだけでは自分たちの身も滅ぼしかねない。だからこそ、タイトル奪還に向けて、ボールを大事にしつつ守備時も含めた試合全体をコントロールする術を身につけなければならない。

フロンターレ戦を糧に

アンジェ・ポステコグルー
【写真:Getty Images】

 天野は「昨年までのマリノスだったら(相手の)センターバックやGKに入ったところでプレッシャーをかけていたんですけど、少し失点が多かった(※34試合で59失点)。なので今年は(相手の)センターバックには持たせても問題ないということで、しっかり(守備ブロックを)セットして、サイドに(ボールが)入ったらプレッシャーをかけて奪いにいくというのをキャンプから徹底してやってきました」と語っていた。

 フロンターレ戦ではこうした守備面での変化はよく見られた。一方、攻撃に出ていく際に昨季のような迫力がなく、相手のプレッシャーに慌てて大きく蹴り出してボールを失ってしまったり、ゴール前でフィニッシュに関わる人数が足りていなかったりする場面も散見されるなど課題もたくさんあった。

 常に全員がパスコースを作るような立ち位置は取れておらず、選択肢が少ない状態でのミスパスも多発していた。特に前半は相手のプレッシャーをどう乗り越え、いかにゴールに向かってボールを前進させるかという具体的な解決策を見出せなかった。

 後半には前田大然を投入して4-2-4に近いシステムへ変更し、前線からのプレッシャーの強度を高めることで状況は少し改善された。だが、長い目で見ると、ただ「ガンガンいこうぜ」になってしまい、単調さが目立つ後半の戦い方を続けていくわけにはいかない。

 天野は「システム云々ではなく、今日はボールを受けることをチーム全体が怖がってしまった印象」とフロンターレ戦を振り返り、ポステコグルー監督も「メンタリティ的にも前半のプレーは、決してやってはいけないこと。あのようなパフォーマンスは見たくない」と不満をあらわにした。

 チーム全体が、おそらくフロンターレ戦で見せつけられた差や改善点を強く認識している。決して受け身になるのではなく、自分たちから主導権を握りにいくためのアクションとして、システムや戦術の柔軟性を確保することがタイトル奪還に向けたミッションだ。フロンターレ戦では出鼻をくじかれてしまったが、残る37試合で野心的な取り組みの成果がしっかりと結果に反映されることを期待したい。

 オーストラリアのあるメディアでは「ポステコグルー監督にとって今年は、欧州のビッグクラブへ行く前の最後の1年」と書かれていた。マリノスを指揮して4年目となる今季こそ、就任当初から掲げるアタッキング・フットボールの集大成となるものが完成すると信じている。

(取材・文:舩木渉)

【了】

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