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Jリーグ 5か月前

「2位は記憶に残らない」川崎フロンターレが譲らなかったもの。自分たちのスタイルを捨てて掴んだ天皇杯優勝の価値【コラム】

シリーズ:コラム text by 藤江直人 photo by Getty Images

活かされた失敗とタイトルに込められた思い


「正直に言うと、練習では僕は常にPKを決めてきた。それが前日にカミ(上福元)に止められた。上のコースを狙ったところが、下に蹴ってしまった。なので、今日はしっかりと上に蹴りました」

 優勝を決めた直後のひとコマ。雄叫びをあげながら自軍のベンチ方向へ走り出したソンリョンの視界に、狂喜乱舞しながら駆け寄ってくる上福元の姿が真っ先に飛び込んできた。

 熱い抱擁を交わしながらピッチに転がり、喜びを分かち合う2人の上にフィールドプレイヤーが次々とのしかかってくる。大半の選手が居残りトレーニングで、ソンリョンや上福元を相手に黙々とPKを繰り返した。調子が上がらない日々でも、欠かさなかった努力が花開いたとソンリョンは振り返る。

「フィールドプレイヤーたちがしっかりとPKを決めてくれたので、自分が一回でも止めれば勝てる、というタイミングが必ず来る。そういう気持ちで臨んでいたなかで、最後にそうなって本当によかった」

 仲間に感謝したソンリョンに試合後、1番手でPKを決めていたFW家長昭博が声をかけた。

「PKを止めたのもすごいけど、PKを決めたキックも本当にすごかったよ」

 川崎の天皇杯制覇は、コロナ禍で準決勝からの出場となった2020シーズン以来、3大会ぶり2度目となる。このときは「異次元の強さ」と形容された独走劇で制したJ1リーグとの二冠に輝いた。

 しかし、このシーズン限りで精神的支柱を担ってきたバンディエラの中村憲剛が現役引退。当時の主力から三笘薫、守田英正、田中碧、旗手怜央、谷口彰悟が次々と海外へ移籍している。翌2021シーズンは苦しみながら2度目のJ1リーグ連覇を達成したが、昨シーズンはついに無冠に終わった。

 悲願の初タイトルを手にした2017シーズンから、必ずタイトルを獲得してきた歴史も5シーズンで途切れた。ひとつの時代の終焉を感じさせた川崎の苦しむ姿は、今シーズンの大半を通しても変わらなかった。鬼木監督も「正直、いろいろな思いがある」とこの2シーズンをこう振り返る。

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