レッズの守護神・西川周作選手の軌跡をたどる。小学生から始めたゴールキーパーと自分

2014年11月20日(Thu)15時00分配信

text by 元川悦子 photo Getty Images
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フィールドプレーヤーと一緒に練習したことが足元の技術を磨くのに役立った

――大活躍したことはあったんですか?

「中津市で開かれた5年生の正月大会(98年1月のJAジュニアカップ・大分県大会)ですね。僕がバンバン止めて、ヒーローになったんです。

 四日市南少年団は最初の試合を2対1で勝利した後、3試合続けて0対0からのPK戦で勝って優勝した。まさに西川劇場です(笑)。この大会で僕は止める喜びを知りましたし、心の底から『楽しい』と感じました。

 四日市南が大分県で優勝したのもこれが最初。是永さんも嬉しかったと思います」

――当時、GKコーチは?

「いませんでした。市の選抜に行ったときにGKコーチから教えてもらうくらい。中学時代もいなかったけど、逆に自分で考える力を身につけられたかなと。

 シュート練習で蹴る側もよくやったけど、ポジショニングや蹴るタイミングとかを逆の立場から発見することも多かった。

 是永さんがGKとフィールドプレーヤーと分けずに練習させてくれたのも、足元の技術を磨くのに役立ったかなと思います。いい指導者に恵まれて、僕は本当にラッキーだったですね」

――駅川中学校時代は宇佐FCでプレーしたそうですが。

「はい。四日市南と四日市北の子はみんな宇佐FCへ行く感じだったので、僕もそのまま入りました。

 練習場所は家から自転車で20分くらい行った畑の中にあるスポーツ施設(農業者トレーニングセンター)でしたね。苔も雑草もあるし、それがちょうどいい感じで痛くなかった。

 雨が降ったら水が溜まるので、練習せずにみんなでヘッドスライディングだけして、泥だらけになって帰るみたいな感じでした(笑)。ホントに楽しかったです」

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