2003年Jリーグ。岡田マリノスが劇的完全制覇。オシム氏が来日、中村憲剛もプロ入り【Jリーグ平成全史(11)】

1993年に開幕したJリーグは今季で27年目を迎えている。平成とともに歩み成長し、そして時代は間もなく令和へと移行する。フットボールチャンネル編集部では、昨季までの26年間を1年ずつ振り返っていく。今回は2003年(平成15年)。

2019年04月29日(Mon)7時05分配信

シリーズ:Jリーグ平成全史
text by 編集部 photo Getty Images
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2003年(平成15年)

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中村俊輔【写真:Getty Images】

 J1はこのシーズンも引き続き16チームで争われた。大分トリニータとセレッソ大阪がJ2から昇格している。

●J1参加クラブ
ベガルタ仙台
鹿島アントラーズ
浦和レッドダイヤモンズ
ジェフユナイテッド市原
柏レイソル
FC東京
東京ヴェルディ1969
横浜F・マリノス
清水エスパルス
ジュビロ磐田
名古屋グランパスエイト
京都パープルサンガ
ガンバ大阪
セレッソ大阪
ヴィッセル神戸
大分トリニータ

 このシーズンからJ1も延長戦が廃止となった。90分で勝敗がつかない場合は引き分けで終了。両チームに勝ち点1が与えられる。J2より1シーズン遅れての導入となった。

●J2参加クラブ
コンサドーレ札幌
モンテディオ山形
水戸ホーリーホック
大宮アルディージャ
川崎フロンターレ
横浜FC
湘南ベルマーレ
ヴァンフォーレ甲府
アルビレックス新潟
サンフレッチェ広島
アビスパ福岡
サガン鳥栖

 サンフレッチェ広島とコンサドーレ札幌がJ1から降格。広島はクラブ史上初のJ2参戦となる。リーグは前年と同様12クラブで行われた。

 ワールドカップ閉幕後の2002年夏、日本代表の新監督にジーコ氏が就任した。元ブラジル代表にして黎明期の鹿島アントラーズに勝者のメンタリティを植え付けた、サッカー界の神様である。

 前任者のフィリップ・トルシエ監督が選手たちを管理するタイプなら、ジーコ監督は自主性を重んじる指導法だった。神様の色は初陣から見え、中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一を同時に起用し、黄金の中盤と呼ばれた。このカルテットは各々に怪我があったり、新戦力が台頭するなど徐々に解体されていった。しかし、ジーコが指揮を執り、日本サッカー最高の才能が中盤を形成する形にサッカーファンは胸をときめかせたのではないだろうか。

 そして2003年、日本代表はアジア王者としてコンフェデレーションズカップに出場。第1節のニュージーランド戦を中村俊輔の2ゴールと中田英寿の1ゴールで勝利すると、第2節ではフランスと激突。ここまでの数年でフランスと戦う機会の多かった日本代表が意地を見せた。

 43分にロベール・ピレスに先制点を決められるも、59分に日本の10番が魅せる。やや遠目の位置でFKを得ると、中村が左足を振り抜く。ニアではなくGKファビアン・バルテズがいるファーに飛んだボールは、吸い込まれるようにネットを揺らした。試合はその後、フランスに勝ち越し弾を浴びて敗れるのだが、日本のファンタジスタが強豪に一矢報いた瞬間だった。

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