小野伸二、所属クラブ歴代ポジション。浦和レッズ、フェイエノールト、ボーフム…ケガに苦しんだ天才が歩むキャリア

浦和レッズでプロキャリアをスタートさせた小野伸二は、その卓越した技術で各クラブのサポーターを魅了してきた。フェイエノールトではUEFAカップ制覇、浦和ではAFCチャンピオンズリーグ制覇に貢献したが、そのキャリアは常にケガとの隣りあわせだった。今回は、小野のこれまでの活躍を、所属クラブごとに当時のフォーメーションとともに振り返っていきたい。

2020年04月09日(Thu)7時15分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部
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浦和レッズ

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1998年、開幕戦のフォーメーション

【シーズン成績】
1998年:27試合9得点
1999年:14試合2得点
2000年:24試合7得点(J2)
2001年:14試合2得点

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 インターハイや全日本ユースで清水商業を優勝に導いた小野伸二は、1998年に浦和レッズに加入した。当時の指揮官だった原博実は開幕戦となった3月21日のジェフユナイテッド市原戦で、ルーキーの小野をいきなり先発で起用。第2節の横浜フリューゲルス戦で初ゴールを決めた。1年目から27試合に出場して9得点をマークし、新人王とベストイレブンを受賞した。

 2年目からは背番号8に背負った。代表活動と並行してクラブでも出場を続けたが、7月5日のシドニー五輪アジア地区一次予選で左膝の靭帯断裂の大怪我を負った。リハビリを経て10月30日のJ1・2ndステージ第11節のヴィッセル神戸戦で復帰したが、99年は14試合2得点という結果に終わっている。「世界で一番悲しいVゴール」と呼ばれた最終節の勝利もむなしく、低迷したチームは15位でJ2に降格した。

 J2に舞台を移した2000年には、クラブ史上最年少でキャプテンに就任。本来のパフォーマンスが影を潜めた小野はシドニー五輪のメンバーから落選したが、チームは最終節で劇的な勝利を掴んでJ1復帰を決めた。翌年もキャプテンとして浦和でプレーしたが、夏にフェイエノールトからオファーを受けて移籍を決断。3年半で79試合20得点という成績を残し、21歳の小野はオランダへ渡った。

●1998年、開幕戦のフォーメーション

▽GK
田北雄気

▽DF
山田暢久
土橋正樹
田畑昭宏
ネイハイス

▽MF
ペトロヴィッチ
福永泰
ベギリスタイン
小野伸二

▽FW
岡野雅行
大柴健二

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