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Jリーグ 2か月前

「すごく悩んだ」サンフレッチェ広島、大迫敬介の知られざる覚悟。アジアカップを捨ててまで選んだ道とは?【コラム】

シリーズ:コラム text by 藤江直人 photo by Getty Images

オフにすぐ手術。決断の理由とは?



「自分にできることは限られていますし、結局、最後にボールが飛んでくるのがゴールなので。そのなかでできるだけの準備をしようと意識していました。復帰したのが2週間ほど前なので、全体練習が終わってからプラスアルファでキーパーコーチに付き合ってもらって、納得いくまで練習をして自分を納得させるようにした、という感じですね。今日は足がつるくらいにみんなが走ってくれて、そのハードワークのおかげで僕の体の周りにボールが集まってきたので、そこはみんなに感謝しています」

 今シーズンのキーパーコーチの一人に、アカデミー巡回コーチを兼任する41歳の林卓人氏がいる。広島だけでJ1リーグ戦で193試合に出場したレジェンドは、昨シーズン限りで現役を引退した。

 林氏が現役最後の公式戦出場を果たしたのは昨年11月25日。ガンバ大阪とのホーム最終戦で、3-0とリードを奪っていた83分から、大迫に代わって広島のゴールマウスを守った。

昨シーズンの大迫は、自身初のリーグ戦全34試合で先発を達成している。一方でプレー時間はフルタイム出場に7分足りない3053分。ホーム最終戦で引き継がれた魂のバトンを象徴するように、林氏が10シーズンにわたって背負ってきた「1番」が、シーズン終了後に大迫へ託された。

「背番号1をつけたい思いはありましたけど、今回は卓人さんから譲っていただいた形です」

 林氏とかわされたやり取りをこう振り返った大迫は、同時に大きな代償も伴う決断も下している。それが前述した右手舟状骨骨折の手術であり、そもそもは秋口に行われたチームの練習中に、MF野津田岳人が放った強烈なシュートをセーブしたときに痛めてしまったという。

 もっとも、保存療法という選択肢もあった。実際に大迫はシーズン終了まで先発に名を連ね続け、11月16日のミャンマー代表との北中米W杯アジア2次予選でも先発出場している。

 それでもオフに入ってすぐに手術へ踏み切った理由は、エディオンピースウイング広島が開場する今シーズンの開幕から、万全の状態で臨みたいと考えたからだ。当時の経緯を大迫はこう語る。

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