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連載コラム 10年前

元Jリーガー・西村卓朗の新たな挑戦 第10回 1部昇格をかけた厳しい戦いの中で見えたこと

サッカー批評誌上で2007年から5年間「哲学的思考のフットボーラー 西村卓朗を巡る物語」という連載を行っていた西村卓朗氏。現役引退後、VONDS市原の監督として新たな一歩を踏み出しました。

シリーズ:元Jリーガー・西村卓朗の新たな挑戦 text by 西村卓朗 photo by VONDS市原

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8月10日 On the pitch 千葉県選手権準決勝 対順天堂大学戦

 VONDSにとって大きな山場を迎えていた。

元Jリーガー・西村卓朗の新たな挑戦 第10回 1部昇格をかけた厳しい戦いの中で見えたこと
【写真:©VONDS市原】

 この週末には天皇杯出場をかけた順天堂大学戦、翌日には佳境となった関東リーグ第16節の東京海上日動戦を控えていた。

 真夏の2連戦。いくつかのポジションではメンバーを入れ替えるターンオーバーはもちろん頭の中にはあった。リーグ戦の重要度はわかっていたが、安易にメンバー選考はできなかった。

 どのような戦い方をするか? そのためにどのような組み合わせにするか? 春先には順天堂には完敗をしていただけに、まずそれを決めることからだった。情報を集めていると春先にはいなかったレギュラーメンバーが2~3人いるようで、どんなプレースタイルの選手かが分からないとどうしても戦い方のイメージが湧いてこない。

 特にSHとボランチの選手には特徴があると聞いていたので、自分の目で確かめるために、公式戦を観にいくことにした。自分が見たかったのは9番の岡庭選手、8番の天野選手。二人ともうわさに聞く通り良い選手だった。天野選手は左利きでタメが作れて、裏へのグランダーのパス、浮き球でスペースに落とすようなパスが特徴だった。

 岡庭選手は運動量、スピードがあり、技術、テクニックのある万能型の小柄な選手で1対1で対応するのは危険な選手だった。

 春先には正面からぶつかるような戦い方をしたがうまくいかなかった。ボールをとっては、とられて、切り替えの連続、コンパクトにしてラインを高くするような戦い方は大学生が好むやり方だったので、その戦い方は避けようと思っていた。

 ここまでずっと4バックで戦ってきたが、あえてこの試合は背後のスペースを消し、サイドが1対1になる時間を短くしかったので、守備を考え、5枚のDFライン、SHには運動量のある中村、荒井、前線にはスピードがあり、裏へ走るのが得意の宮内の起用はすぐに頭に浮かんだ。

 一番悩んだのはボランチとサイドバック。次の日のリーグ戦を考えるとどうしてもここまで出場機会が少ない選手を使うことが必要だった。最終的にはボランチには古橋。サイドバックには斉藤紀臣を起用した。いずれも春先に大怪我をしてやっと復帰が間に合った選手達であった。

 結果から言うと今シーズンの中で戦い方、起用が一番当たった試合であった。2-1で勝利したが、2得点は古橋のセットプレーからのヘディングとハーフラインからのミラクルなロングシュートだった。膝の大怪我からの復帰というのは本当に難しいが、それを乗り越え、試合に戻ってきて、活躍できたことが本当にうれしかった。

 ここまで出場機会の少なかった、宮内、荒井、斉藤紀、古橋の活躍はVONDSにとっては非常にうれしい出来事だった。

 彼らの活躍には裏話があり、当日の試合はナイトゲームだったが、選手は午前中には行きつけの治療院(八幡にある「どんぐり治療院」)に行くのが通例となっている。

 スタメンの発表は試合の直前に行うが、コーチの一人がたまたま治療院を覗きに行った時に、古橋と斉藤紀がスタメンであることを知らず、真夏の午前中からランニングをしようとしていた。コーチは慌ててそれをやめさせたという出来事があった。実際に2人がランニングしていたらどうなったかは検証のしようがないが、このようにチームのことを考えて行動する人々の想いが絶妙に絡み合った時、「良い結果」は引き寄せられるものだ。思えば、順天堂大学戦は戦い方の変更、選手の人選を巡り連日のようにコーチとのMTは深夜にまで及んでいた。

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