2004年Jリーグ。GK衝撃オウンゴール、15歳の怪物J1デビュー。日本代表はアジア連覇【Jリーグ平成全史(12)】

1993年に開幕したJリーグは今季で27年目を迎えている。平成とともに歩み成長し、そして時代は間もなく令和へと移行する。フットボールチャンネル編集部では、昨季までの26年間を1年ずつ振り返っていく。今回は2004年(平成16年)。

2019年04月30日(Tue)7時00分配信

シリーズ:Jリーグ平成全史
text by 編集部 photo Getty Images
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2004年(平成16年)

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ジーコ監督率いる日本代表がアジアカップ連覇を果たした【写真:Getty Images】

 J1はこのシーズンも引き続き16チームで争われた。アルビレックス新潟とサンフレッチェ広島がJ2から昇格している。

●J1参加クラブ
鹿島アントラーズ
浦和レッドダイヤモンズ
ジェフユナイテッド市原
柏レイソル
FC東京
東京ヴェルディ1969
横浜F・マリノス
アルビレックス新潟
清水エスパルス
ジュビロ磐田
名古屋グランパスエイト
ガンバ大阪
セレッソ大阪
ヴィッセル神戸
サンフレッチェ広島
大分トリニータ

●J2参加クラブ
コンサドーレ札幌
ベガルタ仙台
モンテディオ山形
水戸ホーリーホック
大宮アルディージャ
川崎フロンターレ
横浜FC
湘南ベルマーレ
ヴァンフォーレ甲府
京都パープルサンガ
アビスパ福岡
サガン鳥栖

 J1は2005年から18チーム制に移行するため、このシーズンは自動降格がなく、年間16位のクラブがJ2の3位クラブと入れ替え戦を行うこととになった。J2の1位と2は自動昇格。

 中田英寿や中村俊輔、小野伸二など日本のトッププレーヤーが海外で活躍することが当たり前となった。1998年フランスワールドカップでは全員がJリーガーだったことを思えば、まさに日進月歩の成長を遂げていると言えた。

 一方で、「海外組」「国内組」と分けて論じられることも増えた。Jリーグの面々で好パフォーマンスを見せたとしても、ヨーロッパでプレーする選手が合流すればコンディションに関わらず取って代わられてしまう。04年2月のドイツワールドカップ1次予選の序盤で苦戦したこともあり、ジーコ監督への風当たりも強まった。

 全体がレベルアップしているからこその悩みに直面していたジーコジャパンだが、アジアカップでは総力戦で頂点へと突き進んでいる。

 中田英寿、稲本潤一、小野伸二、高原直泰らを欠く中、セリエA・レッジーナ所属の中村俊輔がチームをけん引する。初戦のオマーン戦では相手のクリアミスに反応すると、ダブルタッチで軽やかに相手をかわす。左足アウトサイドという意表を突くシュートを決め、勝利をもたらした。続くタイ戦でも直接FKを決め、逆転勝ちを後押しした。

 決勝トーナメントでは、デンマークのノアシェランに所属する川口能活が大車輪の働きを披露。準々決勝・ヨルダン戦はPK戦にもつれ込む展開にとなり、レフティーの中村、三都主アレサンドロはピッチに足をとられて失敗してしまう。ここで立ち上がったのが、キャプテンの宮本恒靖。レフェリーと交渉し、反対側のゴールでの再開にこぎつけた。それでも、日本が不利なのは変わらない。そんな中、守護神が奇跡を起こした。

 相手の4人目のキックを止めると、川口のオーラに圧倒されたのか5人目は枠外に外す。サドンデスの6人目のキックを再び川口がストップすると、7人目がポストに当てたため日本の大逆転勝利が決まった。

 準決勝では遠藤保仁が退場処分となり、決勝の中国戦も完全アウェイという厳しい状況だった。当時の中国は反日感情が高まっていた。歴史的な経緯から特に反日感情の強い重慶で試合を行ってきたことで、そうしたムードがさらに醸成されてしまったのかもしれない。

 ともあれ、様々な逆風に行く手を阻まれそうになりながらも、日本は大会連覇を達成。国内組も大きな自信を手にした。中村、川口以外の海外組とどのように融合するのか、この時は多くのファンが楽しみにしたに違いない。

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