1999年Jリーグ。黄金世代が世界で躍動。J2がスタート、あの大人気クラブがまさかの降格【Jリーグ平成全史(7)】

2019年04月27日(Sat)7時05分配信

シリーズ:Jリーグ平成全史
text by 編集部 photo Getty Images
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主な出来事

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セリエAのヴェネツィアに移籍した名波浩【写真:Getty Images】

 前年のシーズン終了後、ヴェルディ川崎の経営体制が変わった。読売新聞社とよみうりランドが経営から撤退し、日本テレビ放送網の全額出資に移行。経費削減のため三浦知良や柱谷哲二といったスターが放出された。横浜フリューゲルスの消滅などデリケートな時期だったが、チームは存続している。

 一方でベルマーレ平塚は危機を迎えていた。メインスポンサーのフジタが撤退し、湘南の暴れん坊と恐れられた時代の主力が次々にチームを去った。リーグ戦では1stステージ、2ndステージ共に最下位と低迷し、J2降格を余儀なくされた。2019年現在はJ1復帰を果たしチーム力も向上しているが、1999年から2000年代は厳しい時代を過ごすこととなる。

 平塚と共にJ2降格となったのが浦和レッズだ。この年の7月に行われたシドニーオリンピックのアジア地区一次予選で、相手選手から悪質なタックルを受けた小野伸二が左膝靭帯断裂の重傷を負ってしまう。すでに押しも押されもしないエースだった小野を欠いた浦和は低迷。最終節で福田正博が延長Vゴールを決めたが、その時すでに浦和のJ2降格は決まっていた。そのことを知らされていなかった若手選手は福田に抱きついたが、福田は表情を変えなかった。「世界で一番悲しいVゴール」と呼ばれている。

 またこの年は、ジュビロ磐田がアジアの頂点に立っている。アジアクラブ選手権に出場した磐田は、決勝で完全アウェイのイラン・アザディスタジアムで同国のエステグラルと対戦。異様な雰囲気だったが磐田の選手はのまれず。鈴木秀人と中山雅史のゴール2-1と勝利し、大会制覇を成し遂げた。また、J1・1stステージ終了後には名波浩がセリエAのヴェネツィアに移籍している。

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