1999年Jリーグ。黄金世代が世界で躍動。J2がスタート、あの大人気クラブがまさかの降格【Jリーグ平成全史(7)】

1993年に開幕したJリーグは今季で27年目を迎えている。平成とともに歩み成長し、そして時代は間もなく令和へと移行する。フットボールチャンネル編集部では、昨季までの26年間を1年ずつ振り返っていく。今回は1999年(平成11年)。

2019年04月27日(Sat)7時05分配信

シリーズ:Jリーグ平成全史
text by 編集部 photo Getty Images
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1999年(平成11年)

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ワールドユースで準優勝を果たしたU-20日本代表【写真:Getty Images】

 1999年はJリーグが2部制で行われた最初のシーズンである。Jリーグ ディビジョン1(J1)に参加したのは、消滅した横浜フリューゲルスと降格したコンサドーレ札幌を除く16チーム。横浜マリノスはフリューゲルスを吸収合併したことで『横浜F・マリノス』に名称変更。

●J1参加クラブ
鹿島アントラーズ
浦和レッドダイヤモンズ
ジェフユナイテッド市原
柏レイソル
ヴェルディ川崎
横浜F・マリノス
ベルマーレ平塚
清水エスパルス
ジュビロ磐田
名古屋グランパスエイト
京都パープルサンガ
ガンバ大阪
セレッソ大阪
ヴィッセル神戸
サンフレッチェ広島
アビスパ福岡

●J2参加クラブ
コンサドーレ札幌
ベガルタ仙台
モンテディオ山形
大宮アルディージャ
FC東京
川崎フロンターレ
ヴァンフォーレ甲府
アルビレックス新潟
サガン鳥栖
大分トリニータ

 10クラブでスタートすることとなったJリーグ ディビジョン2(J2)。J1と異なり1シーズン制を採用。ホーム&アウェイを2度、年間4回戦総当りで順位を決め、上位2チームがJ1自動昇格する。前年に日本代表監督としてワールドカップで指揮を執った岡田武史氏が札幌の監督に就任し、大きな注目を集めた。

 これまで完全決着方式で行われてきたJリーグだが、このシーズンからPK戦が廃止された。延長戦でも決着が付かない場合は引き分けとなり、勝ち点は90分勝利が『3』、延長戦勝利は『2』、引き分けの場合は両チームに『1』が与えられることになった。発足初年度のJ2でもこの新方式が採用されている。

 90年代後半は日本サッカーが飛躍的に成長。1999年は下の世代からも逸材が育っていることを印象付ける年となった。U-20世代の世界一を決める大会、FIFAワールドユース選手権で日本が躍動。小野伸二、高原直泰、稲本潤一、本山雅志、遠藤保仁、小笠原満男らを擁したチームは初戦こそ落としたものの、その後2連勝で決勝トーナメント進出を果たす。

 ラウンド16のポルトガル戦ではPK戦にもつれこむ死闘を制し、準々決勝ではメキシコを2-0、準決勝でもウルグアイを2-1で下し決勝進出を果たした。当時、FIFA主催の世界大会で日本が決勝に進むのは、男女全ての年代を通じて初めてだった。

 決勝は小野伸二を出場停止で欠いたこともあってスペインに0-4と敗れ、準優勝に終わった。しかし、小野と本山はベストイレブンに選出。このチームはA代表のフィリップ・トルシエ監督が率いたが、黄金世代の面々は次々とA代表に食い込んでいくこととなる。

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