2006年Jリーグ。中田英寿引退と香川真司プロ入り。史上最強の日本はW杯惨敗、懐かしのQBK【Jリーグ平成全史(14)】

1993年に開幕したJリーグは今季で27年目を迎えている。平成とともに歩み成長し、時代は令和へと移行した。フットボールチャンネル編集部では、昨季までの26年間を1年ずつ振り返っていく。今回は2006年(平成18年)。

2019年05月01日(Wed)7時00分配信

シリーズ:Jリーグ平成全史
text by 編集部 photo Getty Images
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2006年(平成18年)

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初戦のオーストラリア戦で逆転負けを喫するなど、ドイツワールドカップはグループリーグ敗退に終わった【写真:Getty Images】

 前年と同様1シーズン制、18チームで争われた。最大7人までベンチ入りできるようになった。J2から京都パープルサンガ、アビスパ福岡、ヴァンフォーレ甲府が昇格している。

J1参加クラブ
鹿島アントラーズ
浦和レッドダイヤモンズ
大宮アルディージャ
ジェフユナイテッド市原・千葉
FC東京
川崎フロンターレ
横浜F・マリノス
ヴァンフォーレ甲府
アルビレックス新潟
清水エスパルス
ジュビロ磐田
名古屋グランパスエイト
京都パープルサンガ
ガンバ大阪
セレッソ大阪
サンフレッチェ広島
アビスパ福岡
大分トリニータ

J2参加クラブ
コンサドーレ札幌
ベガルタ仙台
モンテディオ山形
水戸ホーリーホック
ザスパ草津
柏レイソル
東京ヴェルディ1969
横浜FC
湘南ベルマーレ
ヴィッセル神戸
徳島ヴォルティス
愛媛FC
サガン鳥栖

 J1から柏レイソル、東京ヴェルディ1969、ヴィッセル神戸が降格。また、愛媛FCがJFLから昇格し、この年のJ2は13クラブで争われた。

 ジーコ監督率いる日本代表は、ドイツワールドカップに出場している。中田英寿、中村俊輔、黄金世代がピークを迎え、『日本代表史上最強』と呼ばれた。確かに、個々の実力やキャリアを見れば期待が膨らむチームだったが、自主性を重んじるジーコ監督の方針で戦い方が統一されないなど問題点はあった。

 それでも、大会直前に行われた開催国ドイツとの親善試合では、チームの潜在能力を示している。相手に多くのシュートを浴びながら耐えると57分、カウンターから中村俊輔がキープ。パスを受けた柳沢敦が冷静に相手DFラインの裏へボールを出すと、高原直泰が抜け出した。GKとの一対一を決め、先制点を奪った。

 さらに65分には、PA手前で受けるとターン。相手にブロックされそうになりながら突破し、GKの位置を確認してファーサイドを射抜いた。前回大会は肺血栓塞栓症(エコノミー症候群)で出場できなかったストライカーが、優勝候補を相手に2得点の活躍を見せた。

 しかし、その後2点を返されドローで終えた。また、この試合で右サイドバックの主力である加地亮が負傷。バスティアン・シュヴァインシュタイガーの危険なタックルを浴びたためだった。結局、加地は大事な本大会初戦を欠場することになってしまった。

 そして、ワールドカップ前最後の試合となったマルタ戦は、1-0で勝利したものの低調な内容に終わった。自信を確信に変える機会を逃がし、ジーコジャパンはオーストラリア戦を迎えた。

 26分に中村俊輔がゴール前に入れたボールがそのまま決まり、日本が先制した。後半に入ると、オーストラリアは次々と攻撃的な選手をピッチに送り込む。後に日本キラーと呼ばれるティム・ケイヒル、192cmのジョシュア・ケネディ、ジョン・アロイージを投入し、前線を厚くしパワープレーを仕掛けてきた。

 ジーコ監督は78分に小野伸二を投入するも、どのような意図で天才が投入されたのかがピッチで統一されない。すると84分、相手のロングスローに対し前に出た川口能活が処理できず、こぼれたところを最後はケイヒルに決められ同点とされる。

 さらに89分、PA外でケイヒルに時間を与えると強烈なミドルシュートを突き刺され逆転を許す。そして、アディショナルタイムにはアロイージに突破され3点目を奪われた。8分ほどで3ゴールを叩き込まれ、初戦を落とした。日本ではこの試合をカイザースラウテルンの悲劇と呼ぶが、オーストラリアにとってはロジカルな勝利だった。フース・ヒディンクはパワープレーで日本を疲弊させ、一方でジーコジャパンは盛りかえす術を持っていなかった。

 続くクロアチア戦。日本は相手にPKを与えるも、川口がビッグセーブを見せる。勝つチャンスは十分にあったが、後半の決定機をモノにできない。加地がワンツーから抜け出しラストパスを送る。ファーサイドで柳沢がフリーになるも、右足アウトサイドに当たったボールはゴールに飛ばず。のちに柳沢は「急にボールが来たので」と振り返り、“QBK”という略語が誕生した。

 2戦を終えて1分1敗。決勝トーナメント進出には最終節で2点差以上の勝利が求められた。相手は王国ブラジルだった。34分、ゴール前に抜け出した玉田圭司が渾身のシュートを決めて、日本が先制に成功した。しかし、灯った希望の光はすぐに消え去る。前半終了間際にロナウドに決められ、後半も3点を追加され1-4で敗れた。

 多くのタレントを擁しながら、一枚岩になることはなかったと言われる。日本代表史上最も期待されたチームは、インパクトを残せぬまま解散となった。

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