日本代表、背番号18の系譜。小野伸二に本田圭佑、そして…躍進のヒーローか惨敗の象徴か

日本代表は初出場となった1998年のフランスワールドカップから数えて6大会連続でワールドカップ本大会に出場している。背番号18を背負った選手たちは、大舞台でどのような活躍を見せたのか。今回はワールドカップで18番を背負った日本代表選手を大会ごとに紹介する。※所属チームは大会前時点、年齢は初戦時点のもの。

2020年05月05日(Tue)7時10分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部 photo Getty Images
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フランスW杯

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アルゼンチン戦の先発メンバー

監督:岡田武史
戦績:グループステージ敗退

背番号18:城彰二(横浜マリノス)
生年月日:1975年6月17日(22歳)
個人成績:3試合出場/0得点0アシスト


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 鹿児島実業からジェフユナイテッド市原(現千葉)に加入した城彰二は、デビュー戦から4試合連続ゴールを記録して注目を集めた。97年に横浜マリノス(現F・マリノス)に移籍し、「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれたフランスワールドカップアジア最終予選のイラン戦では途中出場から同点ゴールを決めている。日本代表を初のワールドカップ出場へと導いた城は本大会メンバーに選出。落選した三浦知良に代わって中山雅史と2トップで起用された。

 しかし、日本のエースとして長く活躍してきたカズの代役、そして日本代表としても悲願のワールドカップ初舞台でのプレッシャーからか、22歳の城はゴールを決めることができなかった。チームはアルゼンチン、クロアチアに連敗してグループステージ敗退が決定。消化試合となったジャマイカ戦も無得点のまま城はベンチに下がった。中山雅史のゴールで日本代表がワールドカップ初得点をマークしたのは、城が退いた15分後のことだった。

 大会後、城は日本代表の戦犯としてバッシングを受けた。帰国時にファンから水をかけられ、マネージャーの乗る車は放火される被害にあったという。それでも、クラブでの活躍を誓った城は、98年に25得点、翌年も18得点を挙げて自身初の海外移籍を果たした。

 スペインのバジャドリードから半年でマリノスに復帰したが、その後は怪我もあってそれまでの活躍は見せられなかった。フランスワールドカップ後もフィリップ・トルシエ監督に招集されていたが、2001年を最後に代表から遠ざかり、自国開催となった02年のワールドカップ出場は叶わなかった。

●アルゼンチン戦の先発メンバー

▽GK
川口能活

▽DF
中西永輔
井原正巳
秋田豊

▽MF
名良橋晃
山口素弘
名波浩
相馬直樹
中田英寿

▽FW
中山雅史
城彰二

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