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世界のトップに立つために――。ザックジャパンの軌跡。激動の4年間に込められた、選手・監督・協会、それぞれの信念

text by 藤江直人 photo by Getty Images

守備的スタイルへの回帰。指揮官と本田が拒否する理由

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ザッケローニ監督は多士済々なタレントを2列目に配置するスタイルを頑なに曲げなかった【写真:Getty Images】

 初采配となった2010年10月のアルゼンチン代表戦から、ザッケローニ監督は一貫して「4‐2‐3‐1」システムを採用している。セリエAのウディネーゼやACミランでの成功体験に倣い、代名詞でもある「3‐4‐3」システムをオプションとして取り入れるようとした時期もあったが、最終的には断念した。

 アジア王者として出場した昨年6月のコンフェデレーションズカップでは、ブラジル、イタリア、メキシコに3戦全敗を喫し、ウルグアイ代表を迎えた8月の国際親善試合でも惨敗。4試合で献上した失点が実に「13」に達したことで、列強相手には守備的な戦い方をオプションに加えるべきだとの声も高まった。

 それでも、ザッケローニ監督は多士済々なタレントを2列目に配置するスタイルを頑なに曲げなかった。原技術委員長によれば、指揮官とはある約束を交わしていたという。

「最後まで信念を貫いて戦って欲しいと、ザッケローニ監督と契約を結んだときからお願いしている」

 南アフリカ大会時の「4‐1‐4‐1」システムへの回帰を求める声に、本田は「それでは意味がない」と真っ向から反論したことがあった。攻撃的なスタイルを前面に打ち出しての日本のW杯優勝。壮大な目標を公言してきた4年間の軌跡は、イタリア人指揮官が描いた青写真とピタリと一致いていたことになる。

 ビッグマウスと揶揄されることを決して厭わず、今年1月には個人的な目標として公言してきたビッグクラブへの移籍も実現させた本田の背中は、いつしかザックジャパンのチームメイトたちの羅針盤となった。

 DF今野泰幸から、こんな言葉を聞いたことがある。

「圭佑はサッカーに対してピュアというか、サッカーが上手くなりたいという純粋な気持ちは尋常じゃないほど強い。メディアの方々にはけっこう強気なことを言ったりするけれども、自分自身にあえてプレッシャーをかけているように聞こえる。

 アイツのそういう面をわかっているから、みんながついていく。年齢が上のオレらも負けないようにしないと。だって、あの長友がインテルですよ(笑)。FC東京でチームメイトだった選手が。夢は持っているつもりだったけれども、その意味ではまた別の夢を持ちたくなりますよね」

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