神尾光臣

1973年9月28日、福岡県生まれ。東京外国語大学外国語イタリア語学科卒。97年の留学中にイタリアサッカーの熱狂に巻き込まれ、2003年から本格的に取材活動を開始する。イタリア南部での活動を経て、2011年からミラノ近郊に拠点を移動。北はトリエステから南はシチリア島、時にはヨーロッパ他国にも飛び回り、プロビンチャで養った視点でビッグクラブの現実や欧州サッカーの潮流までも観察する。『Footballista』『エル・ゴラッソ』『スポーツナビ』『週刊サッカーダイジェスト』等に執筆・寄稿。たまに地元TVやラジオ相手にしゃべったりもするが、軽くネタキャラに扱われているのは内緒。

ユベントス

ユベントスにサッリ・スタイル浸透の兆し。アトレティコ戦で見せた形、加速する改革への道のり

チャンピオンズリーグ・グループリーグD組第1節、アトレティコ・マドリー対ユベントスが現地時間18日に行われ、2-2のドローに終わっている。直近のリーグ戦などで苦戦を強いられていたユベントスだが、この日はサッリ監督の求める攻撃的なスタイルを前面に押し出し、アウェイで2点を奪った。ここからチーム改革を加速させることができるか。(文:神尾光臣【イタリア】)

冨安健洋

冨安健洋はなぜブレシア戦で苦しんだのか。受けたセリエAの洗礼、今後に向け必要なことは?

セリエA第3節、ブレシア対ボローニャが現地時間15日に行われ、3-4でアウェイチームが勝利を収めている。この試合でも先発出場を果たしたDF冨安健洋であったが、これまでの2試合とは違い相手に研究されたこともあって苦しんだ印象は否めない。今後、各上との対戦も増えてくるが、そこに向け何が必要となってくるのだろうか。(文:神尾光臣【イタリア】)

冨安健洋

冨安健洋はまたすごかった! 「開幕2節で最大最高の発見」。観客を沸き立たせた高質なプレー

セリエA第2節、ボローニャ対SPALが現地時間30日に行われた。第1節でもスタメン出場を果たしていたDF冨安健洋はこの日も右サイドバックとして先発入り。エラス・ヴェローナ戦からの反省を生かして攻守両面で圧倒的な存在感を見せ、チームを勝利に導いた。まだ開幕してそれほど時間は経過していないが、冨安の評価は上がるばかりだ。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

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冨安健洋が叩き出した驚愕のデータ。走行距離、ボールタッチ、パス…ボローニャで開花するその能力

DF冨安健洋がボローニャでのセリエAデビューを果たした。エラス・ヴェローナとの開幕戦に右サイドバックとして先発。とはいえ、守備時には3バックの右となるなど、サイドバックとセンターバックの役割を同時に担っている。その中で冨安が叩き出した驚愕のデータとは?(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

冨安健洋

冨安健洋、“1ヶ月間”で示した自身の価値。開幕スタメン入りへ、いざ始まるセリエAでの冒険

セリエA第1節、エラス・ヴェローナ対ボローニャが現地時間25日に行われる。今夏にボローニャへ加入した冨安健洋は、プレシーズンマッチで右サイドバックとしてテストされるなど新境地を切り拓いたが、試合の中で着実に結果を残したことで開幕スタメン入りの可能性が高いと報じられている。そんな大事なセリエA初戦の前に、ここまでのボローニャにおける冨安の歩みを振り返る。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

冨安健洋

冨安健洋はハイブリッド型? ボローニャで切り拓く新境地。要求される、高度で「難しい」タスクとは

コッパ・イタリア3回戦、ピサ対ボローニャの一戦が現地時間18日に行われ、3-0で後者が勝利を収めている。今夏にボローニャへ加入した日本代表DFの冨安健洋は新天地初の公式戦でスタメンフル出場。チームの勝利に貢献した結果となったが、そのパフォーマンスはどうだったのだろうか。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

本田圭佑

14年、本田圭佑。なぜミラノ中からブーイングを浴びたのか。「幽霊」と揶揄された、あるプレー【セリエA日本人選手の記憶(9)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。90年代、そのスタートとなったのがセリエAへの移籍だった。三浦知良や中田英寿など日本を代表する選手たちが数多くプレーしたイタリアの地。ここ最近は日本人選手が所属することはなかったが、今夏に冨安健洋がボローニャに移籍したことで、再びセリエAの注目度は高まりそうだ。この機会にこれまでの日本人選手のセリエAでの挑戦を振り返る。第9回はMF本田圭佑。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

長友佑都

10年、長友佑都。低評価を覆して生き残った男の真実。批判の連続から、愛されるまでの物語【セリエA日本人選手の記憶(8)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。90年代、そのスタートとなったのがセリエAへの移籍だった。三浦知良や中田英寿など日本を代表する選手たちが数多くプレーしたイタリアの地。ここ最近は日本人選手が所属することはなかったが、今夏に冨安健洋がボローニャに移籍したことで、再びセリエAの注目度は高まりそうだ。この機会にこれまでの日本人選手のセリエAでの挑戦を振り返る。第8回はDF長友佑都。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

冨安健洋

冨安健洋はなぜボローニャを選んだのか? 「学びたい」の言葉に隠された、本当の理由とは

今夏にシント=トロイデンからボローニャへ移籍した日本代表DFの冨安健洋。そんな同選手は現地時間23日、新天地での入団会見を行っている。冒頭の自己紹介をイタリア語で話した冨安に対しては会見場からも拍手が起こるなど、印象としては悪くなかったようだ。ボローニャの新たな守備の要として期待される冨安は、会見で一体何を語ったのだろうか。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

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冨安健洋、ボローニャ移籍の真相とは? 二人の目利きによる評価とクラブ事情から分かる期待値

日本代表DF冨安健洋は今夏、ベルギーのシント=トロイデンからイタリアのボローニャに移籍した。ボローニャは冨安をどのように評価しているのか。この移籍取引には確かな実績を持つ二人の目利きが絡んでいた。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

森本貴幸

06年、森本貴幸。完璧だった怪物への道、突如暗転…若き天才の芽はなぜ潰えたのか【セリエA日本人選手の記憶(7)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。90年代、そのスタートとなったのがセリエAへの移籍だった。三浦知良や中田英寿など日本を代表する選手たちが数多くプレーしたイタリアの地。しかし、現在セリエAでプレーする日本人選手はゼロ。この機会にこれまでの日本人選手のセリエAでの挑戦を振り返る。第7回はFW森本貴幸。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

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06年、小笠原満男と大黒将志。ザッケローニさえも…。獲得自体が監督の構想外、不遇に阻まれた挑戦【セリエA日本人選手の記憶(6)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。90年代、そのスタートとなったのがセリエAへの移籍だった。三浦知良や中田英寿など日本を代表する選手たちが数多くプレーしたイタリアの地。しかし、現在セリエAでプレーする日本人選手はゼロ。この機会にこれまでの日本人選手のセリエAでの挑戦を振り返る。第5回はMF小笠原満男とFW大黒将志。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

柳沢敦

03年、柳沢敦。44試合0ゴール。「レツィオーゾ(キザ)」と呼ばれ、苦しみ抜いた男の真実【セリエA日本人選手の記憶(5)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。90年代、そのスタートとなったのがセリエAへの移籍だった。三浦知良や中田英寿など日本を代表する選手たちが数多くプレーしたイタリアの地。しかし、現在セリエAでプレーする日本人選手はゼロ。この機会にこれまでの日本人選手のセリエAでの挑戦を振り返る。第5回はFW柳沢敦。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

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02年、中村俊輔。世界最高級のFKが残した爪痕。稀代のトップ下が批判から称賛に変わるまで【セリエA日本人選手の記憶(4)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。90年代、そのスタートとなったのがセリエAへの移籍だった。三浦知良や中田英寿など日本を代表する選手たちが数多くプレーしたイタリアの地。しかし、現在セリエAでプレーする日本人選手はゼロ。この機会にこれまでの日本人選手のセリエAでの挑戦を振り返る。第4回はMF中村俊輔。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

名波浩

99年、名波浩。日本最高のMFはなぜ失敗に終わったのか? “ゴミクズ”とまで揶揄された苦悩【セリエA日本人選手の記憶(3)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。90年代、そのスタートとなったのがセリエAへの移籍だった。三浦知良や中田英寿など日本を代表する選手たちが数多くプレーしたイタリアの地。しかし、現在セリエAでプレーする日本人選手はゼロ。この機会にこれまでの日本人選手のセリエAでの挑戦を振り返る。第3回はMF名波浩。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

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